大野陽朗先生の遺稿集をいただいた。
立派な本だが、いつか読もうと思えば必ず本棚の肥やしになる。宇宙物理学の論文はテンで歯が立たないから、社会的発言のいくつかをここに紹介する。

最初は「ストロンチウムと牛乳」という昭和32年の小論。

…私たち物理学者は、この問題に注目し、ストロンチウムの増加による危険性を世界各国の物理学者に訴えていた。…
空中の放射能が増すということは、人間にとってさまざまな害を与えるのだが、その影響を受けるのはまず牛乳である。はっきり申し上げると、このまま核実験が中止されるとしても、5年後には、牛乳は危なくてウカウカ飲めなくなるということである。これは酪農家にとって真に重大な問題であるといわなければならない。
そこでそのわけを述べたい。
水爆によって吹き上げられた細かい放射性の塵は、成層圏に何年も漂い、次第に地上に落下してくる。…これが現在、空中の放射能を急激に増加させている。この塵の中には寿命の長いストロンチウム90とかセシウム137などが含まれている。
地上に落下した塵は、野菜や牧草について、直接、または家畜の肉や乳を通じて人体内に入ってくる。ストロンチウムはカルシウムと同性質なので骨につく。セシウムはナトリウムと同性質で血液などに入っていく。これらによる放射線が体内で重大な障害を起こす。
野菜のほうは洗えばまあ好いとしても、肉やとくに牛乳はそうは行かないので、乳幼児には大きな脅威になる。実際、乳幼児の骨の中のストロンチウムが次第に増えていることが報告されている。…
…今後、たとえ実験を一切やめたとしても、上から落ちてくる放射性の塵はどんどん増えて、10年後には許容量の1倍半に達することが推定されている。したがって5年後には牛乳も危なくて飲めないのではないかという、幼児にとって大変なことになる。
もちろん、以上の見解は推論である。誤差もあり、また地域的にも時間的にも変動があるはずだが、全般的に見て、今のままでも楽観を許されないということはたしかだと思われる。
そのほか、遺伝に対する影響も、これに劣らず重要なものだ。いずれにしても水爆は、すでに人類を生存のぎりぎりのところまで追いやっているといっても過言ではない。(以下略)

50年余り前の文章が、いまの私たちに迫ってくる感じがする。