「経済学批判要綱」1-298ページ

貿易の発生

余剰を交換することは、交換価値を措定する活動である。これが交易と呼ばれる。
この交易は余剰の交換を範囲とするのみである。

貿易の持続

交換を促す商人が繰り返し出現するようになると、一つの持続的な商業に発展する。
しかし交易=交換価値を措定する活動の刺激は、その生産の内部から生じるのではなく、外部からもたらされるに過ぎない。したがって生産する民族はいわば受動的な商業しか営んではいない。

生産の変容

やがて国内生産そのものが、流通を目指すようになると、生産は交換価値の措定を目指す傾向を持つようになる。
新たな欲求が生まれ、その範囲が広げられる。それは生産をより大規模で規則的なものとする。そして国内生産の組織そのものを、流通と交換価値により変容させる。

変容の程度を規定するもの

この場合、交易がどの程度まで生産の全体を捉えるかは、ひとつは外部からの作用の強さに、一つは国内生産の発展の度合い、分業の発展など、にかかっている。

イギリスにおける羊毛産業の例


解説(私なりの)

文明化というのは資本主義化ということです。
交換価値の措定というのは、あらゆる生産物に値がつけられるということです。値段がなければ交換できませんから、交換は、モノに値段をつけることから始まるのです。バザーなんかやると実感しますね。
むかし山下某という知恵遅れの画家がいて、「それでそれは兵隊で言うとどのくらいの階級なのか」というのが口癖でした。なんでも軍隊に還元する言い方にみんな笑ったものですが、案外みんなそういう還元を、お金というかたちでやっているんですね。
家事・育児・介護などもむかしは値段などつけなかったものですが、いまはしっかりとお金で評価されるようになっています。「万事世知辛くなった」と嘆く向きもあるでしょうが、やはりこれは主婦の一方的犠牲の上に成り立っていた世界が、社会的に評価されるようになったと喜ぶべきことなのでしょう。
こういう仕事が、きちっと評価されるようになったのは、女性が社会進出して男性と肩を並べて仕事をするようになったからです。「国内生産の発展の度合い、分業の発展など、にかかっている」というのは、そのことを表現しています。だからあらゆるものに値段がつくというのは歴史的な進歩なのです。

という風に、この一節を介護労働の解説に使えないかと考えているところです。