ペルーにオジャンタ・ウマラ革新政権が誕生して1ヶ月、早くも画期的な成果が現れた。
鉱山会社との交渉の末、今後5年間に55億ドルの新税を課すことで合意したというのです。
現在鉱山各社は税率35%の法人税を課せられているが、新政権は、これに加えて過剰利益にふさわしい納税を求めた。業界側は「国際競争力を失う」として難色を示してきたが、新政権の高い支持率と強い態度をまえに、提案を受け入れざるを得なくなった。
鉱山会社の会長は「競争力に配慮しながら可能性に応じて納税して行く用意がある」と発言しており、新税の実施はほぼ確実と見られる。

この間の経過を日本と比べて見ると、三つのことが言える。
一つは、国民所得が5千ドル/年足らず、貧困層が国民の4割を占める国でも、資本家は国際競争力を口実に、国民に犠牲を迫るということだ。これは、日本がペルー並みの生活水準に落ち込んでも、財界は「国際競争力」を口にし続けるだろうということを示唆している。
一つは、「国際競争力」は財界の最後のよりどころではないということだ。国際競争力がなくなれば日本は崩壊するかのように騒ぎ立てるが、実際のところはそこまで決定的な分岐点ではなく、国民との力関係が変われば妥協しうる、「便利なスローガン」に過ぎないということだ。
そしてもう一つは、国民生活と「国際競争力」の維持とを両立しうる適正・妥当な領域というものが存在しうるということだ。
交渉過程では、直近の国際価格と各企業の利益水準、今後5年間の業績見通しを勘案し新税の規模を算出したとされている。日本はモノカルチャー国家ではないから積算ははるかに複雑なものとなるだろうが、その構えさえあれば原理的には可能であろう。

企業税35%というのは、奇しくも日本のそれと一致する。まず税金を誰が出すか、誰から取るのかの議論を始めなければならない。その過程で初めて「国際競争力を疎外しない程度」についての議論が意義を持つことになる。「国際競争力」論が議論を拒否するための道具になってはいけない。