「要綱」の「貨幣の成立と本質」で一見未来社会論みたいなものが語られているが、読み通してみるとたいしたことは語っていない。彼が言いたかったのは、「ここから出発するしかないんだ」ということであり、そのためには「ここがどこなのか、どういうところなのかを分析し批判するしかないんだ」という主張である。

共同体が滅亡し個人が切り離されたという側面が一つ、交換、その物象としての貨幣が共同体を滅ぼし自らの共同性に包摂したという側面がもう一つ。
「貨幣それ自体が共同制度(ゲマインヴェーゼン)なのであって、自分の上に他のものが位することを許さない」
「それは交換価値=貨幣制度の完全な発展を想定し、それに照応する社会組織(ゲゼルシャフト)の完全な発展を想定している」

しかし交換は対立であり、対立であるがゆえに止揚されなければならない運命にある。さらにその元となる資本主義的領有の否定にある。とすれば、交換の代わりに結合が生まれなければならないだろう。
これは「貨幣を廃止すれば資本主義が克服できる」とするプルードン主義者との論争である。貨幣ではなくその基礎にある交換という対立を止揚するというのがマルクスの主張である。
しかしその「自立した諸個人の結合」のありようは、「みんなで考えようぜ」ということだ。交換が止揚されれば「自立した諸個人の結合」が自然に生まれ出て来るようにも思われる。ここはやはりマルクスの理論の未達点だろう。
「交換」が最終的に消滅するまでには相当の時間がかかるだろう。一つつぶしてもまた出てくる。そうなると「永続革命」ということになる。このままでは社会主義は「クレド」に過ぎない。

のちに「労働者階級の役割」への言及が出てくるが、それは別のコンテキストだろう。