軍政時代からアルゼンチンの金持ちは自国通貨を信用しなかった。だから資産はドルに変えて海外銀行に貯めていた。これをアルゼンチン・ダラーと呼んでおく。
90年にドルとペソが連動し固定相場となった。これを見た金持ちは安心して、ふたたび国内に投資し始めた。しかし企業に直接投資するのは危険だから国債と不動産に集中した。これがバブルを呼んだ。
不動産バブルはドル・バブルでもあった。金持ちはペソに換金せずにドルのまま取引したからである。資本の自由化はIMFの強制の下に実行されたから、ドルをペソに切り替える必要なまったくない。しかし1ドル=1ペソは虚構だ。債権の利息分だけでも間違いなくペソが損をする構造だ。経済成長がそれをカバーしているときは何とかなるが、カントリーリスクの逆数が為替上のスプレッドを生む。最終的にはデフォールト直前で1ペソの実勢価格は0.78ドルにまで下がっていた。変動相場への以降以後は1ドル=3ペソに下がった。
だから金持ちたちはつねに注意を払い、危機発生の直前に売り抜けることを狙っていたのだ。
小金持ちはアルゼンチンの銀行にドルを預け運用した。大金持ちはアメリカの銀行にドルを預け運用した。アメリカの大銀行はIMFとツ-カーであるから、大金持ちは危険が迫ればいち早く脱走できた。
小金持ちはドルを預けたブエノスアイレスの銀行がつぶれたとき、途方にくれるしかなかった。サムライ債を買った日本の年金ファンドは、何も知らずに損害を真っ向からかぶった。