1973年9月11日、ピノチェトによるクーが起こった。ピノチェトはアジェンデのこもる大統領宮殿を爆撃した後突入した。アジェンデは最後まで抵抗した後、遺体となって発見された。
これが自殺なのか軍による射殺なのかについては、長年議論が交わされてきた。
この論争に終止符を打つため、今年5月に遺体を運び出し、検視が行われていたが、19日に司法当局がその結果を発表した。
アジェンデは持っていた自動小銃で頭部に銃弾を2発発射。内1発は遺体内に残っていたとされる。
まぁとりあえず決着はつきましたね。それでピノチェトの罪が軽くなるわけでもないが。

心臓死とされてきたパブロ・ネルーダについても、「毒殺」の疑いがあるとして、今年5月控訴裁判所に対し告発がなされた。(ネルーダは国民的詩人にしてノーベル文学賞受賞者。共産党員で70年大統領選挙の候補となったが、アジェンデを統一候補とするため辞退した。クーの1週間後に自宅で“心臓発作”を起こし病院に運ばれたが、まもなく息を引き取った)