2002年のパンチはより直接的で暴力的だった。ベネズエラでは石油会社を直接統制しようとしたチャベス大統領が、4月にクーデターにより倒された。しかしこのクーデターは実行者の不手際で混乱し、チャベスを支持する民衆と軍のチャベス派の逆襲により頓挫した。しかしこれはアメリカにとっては小手調べのようなもので、その年の12月から1ヵ月半にわたるゼネストこそが力勝負の決戦だった。

時を同じくしてブラジルの大統領選挙が行われた。ネオリベラリズムを信奉する現政権に対し、労働党のルーラ候補を押し立てた左翼が優位に立つと、アメリカはルーラ当選阻止のため大規模な金融介入を行った。ふたたびブラジル経済は大混乱に落ち入り、破綻の瀬戸際まで落ち込んだ。

しかしカルドーゾ大統領は、保守派ながら米国の干渉に対して毅然たる態度を取った。いっぽうでルーラに政策の穏健化を説く一方、このパニックを収拾し選挙への影響を最小限にとどめた。アメリカも現職大統領の捨て身の訴えに耳を傾けざるを得なかった。こうして11月、ルーラが決選投票に勝利し、ラテンアメリカ最大・最強の国ブラジルに革新政権が誕生することになったのである。

ルーラは大統領に就任するや否や、合法性の尊重の名の下にベネズエラの現政権支持を打ち出した。ルーラはフランス人記者に「チャベスが倒されれば次は私の番だ」と語った。こう着状態にあったベネズエラのゼネストは、このあと一気に収束に向かうことになる。

話は戻るが、キルチネルは本質的には保守系の政治家である。ただ次の三点は革新派もおよばないほどの強い信念を持っている。

第一にに反IMFである。IMFというが、アルゼンチン国民にとってIMFも世界銀行も変わりはない。国際金融機関の装いはとっているが、正体はアメリカ財務省である。軍事独裁時代の借金を高金利で膨らませ、国家の財産を身ぐるみはがし、国民を失業と貧困の渦中に突き落とし、とるものがなくなると、「自己責任だ」といって突き放す。

第二反軍事独裁である。彼自身が学生時代に投獄された経験を持っている。しかし最大の理由は軍事政権がアルゼンチン国民に塗炭の苦しみを味わせた対外債務を作り出したことにある。

第三に軍と癒着し、アメリカと癒着し、国を売った既成政治家と、国民を犠牲にして恥じない旧支配層である。デラルア大統領を追い出したデモのスローガンは「みんな出て行け!」であった。恐ろしくアナーキーなスローガンではあるが、当時の民衆の気分をこれだけ的確に表現したスローガンはない。

このなかでもっとも大事なのが、第二の視点である。IMFや既成政治家は目の前にいるから誰でも分かるが、軍事独裁政権についてはすでに30年近く前の話である。しかも軍事政権時代にその恩恵をこうむった人々もいるし、反軍政を唱えたゲリラが国民の支持を受けているわけでもない。

しかし肝腎なことは、いまの経済危機を軍政にさかのぼって構造化することである。そのことにより初めて、経済再建の問題と政治の民主化の課題が切り離しがたく結びついていることが理解できる。そこを抑えているからこそ、キルチネルの政策は一見過激で大衆迎合に見えても、根本のところで揺るがないのであろう。

30年にわたるアルゼンチンの貧困化
第一次軍政が終了した1971年と比較して,
①対外債務は76億ドルから1300億ドルに増加,
②失業率は3%から20%に増加,
③極貧層は20万人から500万人に,貧困層は100万人から1400万人に増える.ちなみにアルゼンチン総人口は3700万人.
非識字率は2%から12%に,機能的非識字率は5%から32%に増加.
これに対し,政治家,組合幹部,企業経営者が国外に移した資産は,総額1200億ドルにのぼる.