ラフマニノフの前奏曲ト短調という曲がある。作品番号は23の第5.
YOUTUBEで何気なしに集めてみたら15種類も演奏があった。何となしに聞いてみたが、そんなに良い曲だとは思えない。こけおどし的なところがあって、コンサートで聴けばそのすさまじい音量で圧倒されるかもしれない。とにかく難しい曲だということは分かった。ひとつもミスタッチなしに弾いている人は誰もいない。とくにライブの演奏はほとんど聞くに堪えないほどのものもある。
聴いた順にいくと
1.ベレゾフスキー   やたらと好きな人がいるらしく大量にアップロードされている。ほとんどがロシアのテレビのエアチェックのようだが音質はひどい。この曲の演奏はあまりのミスタッチの多さにメロディーラインさえはっきりしない。
2.ガブリーロフ これもベレゾフスキーと似たり寄ったり。ロシア風のぺたぺた、べしょべしょのタッチだから、救いようがない。
3.ランラン 最初から遅めのテンポで間違いなく弾いている。しかし遅さに理由がなく、メロディーに不自然なアクセントをつけている。たぶんラフマニノフは好きではないのだろう。
4.キーシン コンサートのアンコールで弾いたライブ録音で、正直手抜き演奏。
5.アシュケナージ いまとなっては音が古い。間接音の多いくぐもった録音だ。むかしはこれを、「さすがはデッカ」といって伏し拝んで拝聴したことが懐かしい。ミスタッチは目立たないが、録音テープをつなぎまくっているのだろう、迫力もない。
6.リヒテル なぜリヒテルがヤマハなのか良く分からない。リヒテルの弾くピアノからはピアノの音がしない。札幌のコンサートでは大枚1万円を払って寝ていた。さすがにミスタッチはほとんどない。
7.ベルマン スタジオ録音ではこれが一番だ。一発どりのようでミスタッチもあるが、メロディーラインがすっきりと流れて聴きやすい。安心して身を任せられる演奏である。ただし器は小さい。
8.バレンティナ・リシツァ ソウルのコンサートの録音。コンチェルトのあとのアンコール演奏のようだ。アンコールとは言え相当力が入っている。前半は快調、乗っている。前半だけなら十点満点。ところが中間部の後ろで右手と左手が合わなくなってしまった。そのまま後半のクライマックスに突入していくが、しどろもどろ。最後に終わったときは「無事で良かったね」と拍手。
9.ホロヴィッツ これは良い。ラフマニノフを聴いている気がする。所々にホロヴィッツの独特のキラリが光る。ミスタッチも相当なものだが、終わった後に盛大な拍手があって、「えっ、これってライブだったの」とびっくりした。メトロポリタンでのコンサートとのクレジットがある。
10.ユリアナ・アヴデーバ これは掘り出し物。隠しどりの映像で、「わが子の発表会」を録画したのかと思ったが、何のなんのすごい演奏だ。ミスタッチは少なからずあるが破綻はしていない。しかもピアノが鳴り響いている。メロディーもくっきり浮かび上がり、さすがにホロヴィッツほどには芸術の香りは匂い立たないが技術は一番だ。クレジットを見るとパリのコルトー・ホールでのリサイタル、ピアノはヤマハ。


*ネットで検索したら、正確にはユリアンナ・アブデーエワというのだそうだ。去年のショパンコンクールの優勝者。さすがにうまいわけだ。タッチが深くロシアっぽくないが、最近はロシアも変わってきたのだろうか。ヤマハはショパンコンクールの前から先物買いでスポンサーになっているようだ。

*リシツァは音だけで聴いたときと画像つきで見るのとはだいぶ印象が違う。見事に弾ききってるようにさえ見える。それにしても大女だ。手の大きいことラフマニノフばり。音も大きいが、やはりロシア風のタッチで粒立ちは悪い。快速球ではなく剛球投手だ。
それにしても、こういう風に弾いちゃったらつまらない曲だ。

*驚いた。ベルマンの演奏は79年、ミラノのコンサートでのライブ録音なのだそうだ。ほとんど完全無欠。しかし味はない。音色もさえない。一世を風靡したソ連の「名演奏家」で芸術の香りがするのはギレリスのみ。(そういえばアシュケナージも良かった)

というわけでバリバリを聴きたければアブデーエワ、ミスタッチが気にならなければホロヴィッツというのがお勧めどころです。