かつて「原発是か非か」という問題が正面から取り上げられたことなどあったろうか。いままさに歴史が音を立てて流れようとしている。いまや原発廃止は震災からの復興という課題以上の歴史的課題となっている。
ということを前提としつつ、運動論的にはこの課題は「震災からの復興」という枠組みのなかで語っていかなければならないと思う。少なくとも議論の積み重ねのうえに国民的合意を勝ち取るためには、復興課題との整合性が避けて通れない。

原発問題はいのちと安全と未来にかかわっており「金のことなどにかまっていられない」問題だが、復興問題はいのちと安全と未来を金に換算しながら進めていく課題である。
したがって経済政策全体との整合性が求められる課題である。

議論を進める上で、抑えておかなければならない問題が二つある。ひとつは通商白書批判でも書いたが、「震災それ自体が大変な事態だ」ということだ。終わっていないどころかこれから本格的になる。ここだけは絶対に抑えておかなければならない。

もうひとつは震災被害の本質は雇用問題だということだ。だから経済の議論をするときには、それが雇用にとってどうなのかという観点から評価しなければならない。雇用問題は社会福祉の課題であって、経済問題ではないという考えなら、復興問題に言及する資格はない。

復興会議が自立・自助を声高に主張するが、自立とは何か? まずもって自分で稼いで自活することである。しかし仕事がないのではどうしようもない。自立・自助を言うのであればまず職を与えければならない。
それが復興のための経済政策というものである。

そのためには地元の企業活動を維持させ、必要な援助を与えなければならない。金融面でも支えなければならない。これが復興のための経済政策の柱である。経済特区の創設とか輸出型産業への転換などは、雇用には何の足しにもならない。少なくとも雇用が最小限確保されてその後の話である。