経産省も白書を出した。今年のテーマは「震災を越え、グローバルな経済的ネットワークの再生強化に向けて」
まず題名が気に食わない。そう簡単に乗り越えるな! いまは震災に面と向き合って救援から復興へと乗り出す時期ではないか。後段の「グローバル」云々は震災前から行っていたことと同じだろう。ということは「もう震災のことなんか忘れちまえ」といっているのと変わらないではないか。
中身を見ると、そういう危惧がぴったり当てはまる。震災それ自体が大変な事態だ、何とかしなくてはという認識はまったく感じられない。彼らにとって問題なのは震災によって失われた国際競争力のことなのだ。せっかく進めてきた国際競争力強化のための努力が震災のせいで台無しになってしまったというのが彼らの嘆きだ。
一体人の血が通っているのだろうかといぶかしんでしまう。人々が安心して豊かな暮らしができるように、経済を発展させなければならないという大前提がないから、彼らの論理は三段論法にならない。人々が貧しく不安な生活を送ってでも、国際競争力を強化しなければならないことになる。なぜか、「国際競争力が落ちると大変なことになるから」だ。
この根っこのところがへんちくりんだから、そのあとの論理もわけが分からなくなる。正しいとか間違いというより、論理の筋が見えないのである。
たとえば震災により国際競争力が落ちる。国際競争力が落ちれば国内空洞化が進むという。ここまでは分からないでもない。ここからが難問だ。国内空洞化を防止するには海外市場を開拓しなければならない。そのためには貿易自由化のさらなる推進が必要だという結論を導き出すのだ。(もっともこれは赤旗記者の要約の仕方がまずいせいかもしれない)
経産省の立場から言えばしょうがないのか、とにかくひたすら輸出、輸出だ。そのために次のような理屈を持ち出す。
「内需喚起による国内経済への波及効果は外需の効果に比べ小さい。経済活性化のためには輸出の振興を行う必要がある」
これは、控えめに言っても相当特異的な理論だといえる。理屈の上では変数の入れ方次第でどのような結論も出せるが、ここ10年間の経済実績からはどこを押してもそのような結論は出てこない。輸出企業が元栓をきっちり閉めて、国内に利益を還流させない限り、外需の波及効果は限りなくゼロだ。せいぜい大金持ちの道楽や贅沢の需要が喚起されるに過ぎない。
経産省の目は一体どこに着いていて、どっちを向いているのだろう。