前回、浜益の生んだ英雄ポイヤウンベについて書いたが、その後キムタコさんのページで、ポイヤウンベの城(チャシ)について面白い話を見つけたので紹介する。
ポイヤウンペの記述で毘砂別は出城に過ぎないと書いたが、そうではないかもしれない。
城が毘砂別にあったと書いてあったのは、ユーカラ発祥の地というページ。ところがキムタコさんは、現毘砂別ではなく浜益の市街地から少し入ったところ(柏木)のすり鉢山がポイヤウンベの城ではなかったかと考えている。
この山、名前に似ず三角形の山だ。しかしキムタコさんは古地図を調べて、そこが明治の末期まですり鉢を伏せた形をしていたことを突き止めた。そのあと道路工事のために頂上が削り取られてしまい、現在の変哲もない山容となった。
明治30年の地図によると、この山はシヌタプカというアイヌ名前がついていた。浜益川の河口から3キロに位置し、浜益の市街と海岸を一望する。高さは200メートル。頂上が平地となっており、その広さは200x150メートルに及んだという。
これなら辺りを睥睨する堂々たる城郭だ。周囲にはかなりの人々を食べさせるだけの広さを持つ平原が広がっている。
すこしポイヤウンペとその軍に対するイメージが違ってくるが、これもアイヌ史の楽しみの一つだろう。