ソニーの話を書いていて、ふと「あなた、明日が見えますか」という一節が浮かんできた。
ネットで探してみたら「山茶花の宿」という演歌の一節.…曇りガラスを手で拭いて、あなた明日が見えますか…と続いていく。
演歌の世界では定番のようで、元の歌の流れからすれば…赤く咲いても冬の花、咲いて淋しい山茶花の宿…というところが聞かせどころになるのだが、インパクトとしては最初のフレーズがはるかに強い。これだけでひとつの句だ。だからこれが山茶花の宿の出だしとは知らず、メロディーさえも知らず、「あなた、明日が見えますか」という一節だけが浮かんできたのだろう。

大川栄作の元歌を聞くと、実にがっかりする。「このフレーズをそんなに歌い飛ばすなよ」と悲鳴を上げたくなる。たとえばフォーク系の人で、あるいはニューミュージック系の歌手でこの曲を歌っていないかとYOUTUBEをあたってみたが皆無である。

本来は不倫のカップルが世を忍びどこかの温泉宿で密会している場面だが、女性のほうはめくらめっぽうで突き進んできて、少々切羽詰っている。このまま死んでもいいとまで思いつめている。そんな女性が、ドテラ姿で布団から起き出して、ガラス戸(しかも曇りガラス)をこすって外を見ている男性を少々なじりながら、吐くせりふが「あなた明日が見えますか」ということになる。のっけから剣呑なのである。

これはソニー多賀城工場の労働者の気分とぴったり合う。「世界のソニー」よ、世界は見えているかもしれないが、明日は見えているのか?
この私は見えているのか? 見えているんだったら教えておくれ!

演歌としては屈指の名曲であるがゆえに、YOUTUBEには美空ひばり、森昌子、川中美幸、テレサ・テン、八代アキ、三沢あけみなどたくさんの演奏がアップロードされている。しかしいずれも歌詞の生々しくも毒々しい情景を見事に切り棄て、ディズニー映画のように美しく歌ってしまっている。
どういうわけか男の五木ひろしだけが「明日が見えない」苦しさを歌いこんでいる。曇りガラスを一生懸命拭いて、見えるわけのない明日を見ようとしている男と、そしてひそかに見えるわけのない明日を別れの口実にしようとしている男と、そこに明日を見つけてほしいと期待する女とのそれぞれの苦しさ、そうして、それはそれでまたそれなりのお互いの葛藤があって…