最初の記事は「発送電分離より大規模化を」と題する署名記事

著者はまず菅首相の無能ぶりを批判。その例として「工程表」作成と浜岡原発の停止要請をあげている。しかしこの二つは、アメリカの強い要請を受けて行われた決定であったことが現在でははっきりしている。だから今では原発派でも表立って文句は言わなくなっている。

後は会話体で進める。

確かに原子力利用を推進してきたのは自民党政権だ。しかし14基以上の原発を新設し、電力の5割近くを原子力に依存する「エネ ルギー基本計画」を決めたのは民主党だ。

そうだね、これは同感。

約50年前の原子力損害賠償法の策定時、専門部会の検討では、「原子力の平和利用による利益は大きいが、万一の場合損害は甚大となる。政府が原子力推進を決意するなら、被害者に対する関係ではすべて政府が責任を負う」という答申が出た。
それが政府段階で、「原子力事業といえども民間企業であり、被害者に対して国が責任を負うということはありえない。賠償責任を負う企業がつぶれないように助成を行うことはありうる」という考え方に変化して、 今の原賠法が成立した。

ほう、そうだったのか。これは専門部会のほうが正しいね。

万一被害が生じた場合、本当にこの法律が機能するのかどうかは、先の答申作成に携わった民法学者の我妻栄教授が最も心配していた点である。

まさしくそのとおりになったわけだ。

今回の賠償スキームは、民間企業である東京電力が賠償の前面に立つことになった。

法律どおりだね。

そのため、資金面や人材面での電気事業自体の遂行能力が格段に劣化していくことは免れない。

そうだよね。

政府が補助する段になれば大きな抵抗が発生するだろう。金融機関に債権放棄するよう求めたようなリスクも十分ある。

立法の趣旨からすれば当然だよね。破綻処理に準じることになるね。

結果として、同法の目的の一つである「原子力事業の健全な発達」という点は実現できなくなるだろう。

それは当然だね。そもそもそんなことを原賠法の趣旨に掲げたことが間違いだよね。

原子力事業を民間企業に続けさせるという政策的選択を継続する限りは、今の賠償スキームは持続可能ではない。

そうだね、もうこれっきりにしたいね。

見直しに当たって、重要視しなければならないのは次の2点である。第一に、国と東京電力が連帯して損害賠償を行う仕組みに変更する必要がある。
第二に、法的に電力供給義務が課されている電気事業者の資金調達を確保することである。

たしかに持続しようと思えば、そういう選択しかないね。

冷静に検討されるべきは、東京電力を存続させて、数十年間にわたって賠償事務を行わせるべきなのかどうかである。

そこだよね、問題は。

遠くない時点で、賠償を果たすための組織と、新たに電力供給を担っていく組織とを分離した方がより合理的ではないか。

つまり破綻処理ということだね。当然会社更生法の適用ということになるね。おやおやそこがはっきりしないね。

ということで、最終論旨はあいまいなままだが、さほど目くじら立てるような文章ではない。ただ原発の形を変えた存続を暗黙の前提としていることが根本的な相違だが。

後半の発送電分離構想批判については部分的に共鳴するところも多い。ただし、いま問題なのはそんなことではない。原発以後のエネルギーを、どう新技術により確保していくかだ。それにより電力事業のあり方は規定されてくる。