赤旗の紹介は、各論部分の抄訳なのでかなり読みにくい。つまみ食いのさらにつまみ食いを箇条書きにしておく。

*エネルギー転換についての決断は、社会の価値判断に基づく。それは技術的側面や、経済的側面の判断に先立つ。価値判断のキーワードは持続可能性と社会的責任である。

*福島の事故は三つの事実をもたらした。①日本のような高技術国でも事故は起こる。②事故が発生すれば、収束のめどは立たない。③設計上、絶対安全な原子炉そのものが破壊されることもある。

*人間は、技術的には可能なことでも、すべて行うというわけにはいかない。とりわけ技術の結果が「永遠の負担」という性格を持つ場合は、きわめて厳しい姿勢をとる必要がある。

*いま安全、リスク、危険という概念を新しく規定しなおす必要がある。大規模技術施設においてはゼロリスクということはありえない。技術的なリスク評価は、これまで危険事象の確率で推し量られてきたが、これは原子力の評価については十分ではない。それはリスクの容認しがたい相対化に系統的に導くことになる。

*通常の対リスク戦略では、損害が実際に起こり、そこから徐々に対処法を学んでいく。しかし核施設ではこうした学習過程は排除される。最悪の核事故は未知で予見困難であり、そのリスクを現実の事故の経験から導き出すわけにはいかない。

*結論として、事故の可能性をなくすためには、核技術はもはや使うわけにはいかないということになる。

この報告のキーポイントはリスクの容認しがたい相対化 という点に尽きるのではないでしょうか。
一般にリスク管理の技術学は、どのような技術にもリスクは必ず存在することを前提としています。そして二重の意味でリスクを相対化します。ひとつはリスクの許容範囲を定め、「ゼロではないが安全」というレベルに押さえ込みつつ、もう一方でコスト・ベネフィット比とのバランスを図ることになります。
ところが、「ゼロではないが安全」という安全度の相対化は、こと核技術に限っては、現在の科学・技術水準では不可能なのです。それが今回の福島原発事故で明らかになったのです。
したがって、コスト・ベネフィット比などに今の時点でなお固執するならば原発の内包するリスクの容認しがたい相対化 に系統的に導くことになるのです。ひらったくいえば「煮ても焼いても食えないぞ」ということでしょうか。