21世紀の最初を十年間を、我々は「2001年9月11日」論の中に過ごした。平和と生命の問題ばかりではなく、人権と民族の尊厳、宗教と自由、異なる文明の共存の問題がそこにはふくまれた。
それは1990年11月9日、ベルリンの壁の崩壊に始まった激動の世界、新自由主義と国際金融の横暴、アメリカ帝国主義の専制支配の時代の頂点であり、そこから多国間協調主義への萌芽が生まれ出た時代でもあった。そして24時間の間に世界で1千万の人々が、平和をもとめ、アメリカ帝国主義に抗議して立ち上がった時期でもあった。
同じように、2011年3月11日を、2010年代の世界を特徴づけるモニュメンタル・デイとして位置づけようとする動きが始まっている。日本ではいまだそれどころではない悲惨な状況が展開されているのだが、ヨーロッパではいち早くそのような論調が登場してきている。

それは端的にいえばエネルギー革命だ。
エネルギー革命というと、すでに20世紀から展開されているようにも見えるが、それらは結局石炭なり石油に対するオルタナティブとしてのものであるか、反物質文明的色合いを持ったイデオロギー的運動に留まっている。
これからのエネルギー革命は、持続可能性をもとめる技術革命である。それは資源の持続可能性というよりは人類の持続可能性を模索していく革命となる。
この革命の特徴はもうひとつある。それがまずもって、原発という既存のエネルギーを放棄するところから始まることである。テレビの買い替えとは違う。完全な見通しを持って開始するわけには行かないのである。
しかしそれは人類にとって必ずしも初めてのことではない。東欧の民主主義革命は既存の命令主義的政治構造を破棄することから始まった。そして資本主義への復帰という形態をとって実行された。多国間協調主義は「多極化」=ウェストファリア体制への回帰という見掛けをとりながら進行中である。一時的な混乱と、生活上の困難は覚悟の上で臨まなければならない。