外来を受診したおばさんが、発掘作業をやっているという。
聞いてみると江別は遺跡の宝庫なのだそうだ。掘ればいくらでも出てくるが、予算がないのでそのままになっているそうだ。
おばさんの話だと、縄文前期が狙いという。縄文後期など目ではない。ただ北海道の縄文時代は内地とは異なっていると思うが…

これら縄文の担い手が、現在のアイヌと何らかの形でつながっている可能性はある。なぜなら、縄文以降の北海道には動物が絶滅するような天変地異も、後から入り込んだ民族と血みどろの戦いを演じた痕跡も見られていないからだ。
しかし歴史に登場し始めた頃のアイヌは、これら先行する遺跡から見ると生産・文化のあらゆる面において貧弱だ。縄文文化が農耕と定住を予感させるのに対し、アイヌの生活は狩猟と採取の生活に留まっているように見える。
縄文の豊かな遺跡群が発掘されればされるほど、我々は歴史上の重大な退歩、それも絶滅に近いほどの後退をどこかの時期に設定しなければならなくなってきている。
紀元100年頃に津軽平野での米作りの行われていた考古学的証拠があるという。とすれば、それから阿倍比羅夫の遠征までの数百年の間に、農耕が不可能になるほどの、あるいは狩猟生活への復帰を迫られるほどのミニ氷河期が到来したことを前提としなければならないのではないだろうか。