これだと5分でなんとか間に合うと思う。もちろん暇があったら全文を読んで欲しい。それだけの読み応えはある。読み終わると人が変わったような気分になる。

1 知事に立候補した経緯と公約

沖縄は常に苦渋の選択を強いられてきた。その中で県民同士が保守・革新に別れ、いがみあっていた。私の持論は、敵は別のところにいるということだ。

普天間飛行場の辺野古移設に対する県民の反対意見は約8割、オール沖縄の機運はさらに高まっている。いま私たちは、「イデオロギーよりはアイデンティティー」で結集している。

2 沖縄について

(1)沖縄の歴史 (恥ずかしながら初耳のことばかりです)

沖縄には約500年に及ぶ琉球王国の時代があった。琉球王国は「万国津梁」(万国の架け橋)の精神でやってきた。

1853年、ペリー提督が浦賀に来港したが、彼はその前後、5回沖縄に立ち寄り、85日間にわたり滞在している。このとき、琉球は独立国として琉米修好条約を結んだ。オランダ、フランスとも条約を結んでいる。

1879年、琉球は日本国に併合された。このとき琉球処分が押し付けられ、沖縄の言葉であるウチナーグチの使用を禁止された。

沖縄の人たちは皇民化教育もしっかり受けて、日本国に尽くしたが、沖縄戦で10万を超える沖縄県民を含め、20万を超える方々の命が失われ、沖縄は焦土と化した。

ところが、日本は独立し、その引き換えに、沖縄は米軍の施政権下に一方的に差し出された。その後の27年間、沖縄県民は日本国民でもアメリカ国民でもなかった。漁船が拿捕されたとき、沖縄・琉球を表す三角の旗は何の役にも立たなかった。

当時の人々は、人権や自治権を獲得するために、米軍との間で血を流すような努力をしてきた。その間、日本は自分の力で日本の平和を維持したかのごとく、高度経済成長を謳歌 していたのだ。

(2)沖縄の将来像

(中略)

基地の整理縮小を図ることは当然。「日本の防衛のため」といって基地をたくさん置くのではなく、平和の緩衝地帯としての役割を果たしたい。

3 米軍基地について

(1)基地の成り立ちと基地問題の原点

米軍は住民を収容所に入れ、その間に土地を接収し基地を形成した。強制的に有無を言わさず奪われたのだ。

新しい基地が必要になると、住民を「銃剣とブルドーザー」で追い出し、家も壊して基地を造った。

講和条約発効当時、米軍基地の割合は本土9 対 沖縄1 だった。しかし米軍は基地を沖縄に移し、どんどん強化していった。沖縄の人々には、そのような横暴ともいえる手段に対抗するすべはなかった。

その結果、国土面積のわずか0・6%しかない沖縄県に、73・8%もの米軍専用施設が集中した。こうして理不尽きわまりない状況がもたらされた。

(2)普天間飛行場返還問題の原点

普天間基地の原点は戦後、住民が収容所に入れられているときに米軍に強制接収をされたことにある。

政府は過去(平成11年)に沖縄県が辺野古を受け入れた点を強調するが、そこには、政府にとって不都合な真実を隠蔽する、傲慢で悪意すら感じる姿勢がある。

当時の稲嶺知事は、辺野古を候補地とするにあたり、15年の使用期限を前提条件とした。政府はそれを受け入れた閣議決定を行なったが、その閣議決定は平成18年に一方的に廃止された。廃止された以上、受入れが白紙撤回されることは、小学生でも理解できる。

(3)「沖縄は基地で食べている」 基地経済への誤解

「沖縄は基地経済で成り立っている」というような話は、今や過去のものである。

日本の安全保障という観点から一定程度我慢し協力しているのであって、経済の面から見たら、むしろ邪魔なのだ。今や基地は沖縄経済発展の最大の阻害要因となっている。

(4)「沖縄は莫大な予算をもらっている」 沖縄振興予算への誤解

復帰に際して沖縄開発庁が創設され、沖縄振興予算の一括計上方式が導入された。47都道府県が一様に国から予算をもらったところに沖縄だけ3千億円上乗せをしてもらっているわけではない。

たとえば県民一人あたりの地方交付税は17位にとどまっている。

次のような事実についても、知っておいていただきたい。そもそも地方交付税は沖縄には復帰まで一切交付されなかった。

戦後、国鉄により全国津々浦々まで鉄道網の整備が行われた。同じ時期、沖縄県には国鉄の恩恵は一切なかった。しかし旧国鉄の債務は沖縄県民も負担している。

(5)基地問題に対する政府の対応

普天間が辺野古に移って、嘉手納以南のキャンプキンザーや、那覇軍港、キャンプ瑞慶覧とかが返されても、基地は0.7%しか減らない。なぜかというと、普天間の辺野古移設を含め、その大部分が県内移設だからだ。

(6)県民世論

4 日米安全保障条約

政府は、「今度は中東問題のために沖縄が大切、シーレーンのためにも沖縄が大切」と、どのように環境が変わっても沖縄には基地を置かなければいけないという説明ばかりだ。

沖縄一県に日本の防衛のほとんど全てを押し込めていれば、いざ、有事の際には、沖縄が再び戦場になることは明らかだ。

5 前知事の突然の埋立承認

6 前知事の承認に対する疑問-取消しの経緯 

(1)仲井眞前知事の埋立承認についての疑問

(2)第三者委員会の設置と国との集中協議

 第三者委員会の設置と法的瑕疵の確認

前知事の承認は、単純に公約違反というような政治的な意味合いにとどまらない問題をはらんでいた。

そこで第三者委員会を設置し再評価を行なった。その結果、平成27年7月16日に法律的な瑕疵があったとの報告を受けた。

 国との集中協議について

その後、平成27年8月10日から1ヶ月間、沖縄県と国との5回にわたる集中協議が行われた。以下は協議の内容に関わるコメント。

①差別的な取り扱い

沖縄は、冷戦構造のときには自由主義社会を守るという理由で基地が置かれた。今度は中国を相手に、さらには中東までも視野に入れて、沖縄に基地を置き続けるということだ。

これはまるで、私たちの沖縄というのは、ただ、ただ、世界の平和のためにいつまでも、膨大な基地を預かって未来永劫、 我慢しろということを強要されているのに等しい。

沖縄県民も日本人である。同じ日本人として、このような差別的な取り扱いは、決して容認できない。

②沖縄への集中配備は抑止力の強化にならない

「沖縄はもう中国に近すぎて、中国の弾道ミサイルに耐えられない。こういう固定的な、要塞的な抑止力というのは、大変脆弱性がある」というような軍事専門家の意見がある。

抑止力からすれば、もっと分散して配備することが理にかなっている。

③抑止力強化にオスプレイは筋違い

中国のミサイルへの脅威に、本当に沖縄の基地を強化して対応できるのか。オスプレイは運輸、輸送するための航空機であることを考えると、抑止力になるということは、まずあり得ない。

④沖縄県民の命への無関心

巡航ミサイルで攻撃されたらどうするのか。中谷防衛大臣はミサイルで対抗するという。迎撃ミサイルで全てのミサイルを迎撃することは不可能だ。

彼は沖縄県を単に領土としてしか見ていない。140万人の県民が住んでいることを理解していない。

大臣の発言を聞いたときには、私は心臓が凍る思いがしました。

⑤普天間の原点は橋本・モンデール会談ではなく、強制接収だ

菅官房長官は、「私は戦後生まれで、なかなかそういうことが分かりにくい。普天間の原点は橋本・モンデール会談だ」と答えた。

沖縄の抱える問題についてご理解いただけない、理解するつもりもない。

⑥「日本の真の独立」は神話ではない

沖縄が米軍の施政権下に置かれているときに、高等弁務官は「沖縄の自治は神話だ」と言った。しかしそれは神話ではなかった。(県民の悲願は達成され、祖国に復帰した)

しかし「日本の真の独立」は達成されていない。それが神話ではないことを証明しなければならない。

 承認取り消しに至る経過

省略

(3) 以上の経過の総括

米軍基地の負担は、沖縄県だけに押しつければよいという、安倍内閣の明確な意思の表れである。

沖縄県にのみ日米安全保障の過重な負担を強要する政府の対応そのものが、日本の安全保障を危うくしかねない。

7 主張

ここは翁長さんの思いが溢れているところなので、そのまま発言を引用したほうが良いだろう。

(1)政府に対して

安倍総理大臣は第一次内閣で「美しい国日本」と、そして今回は「日本を取り戻そう」とおっしゃっています。即座に思うのは「そこに沖縄は入っていますか」ということです。

「戦後レジームからの脱却」ともおっしゃっています。しかし、沖縄と米軍基地に関しては、「戦後レジームの死守」です。

日本と対立するということではありません。県益と国益は一致するはずです。

生産的でないから過去の話はやめろと言われても、それを言わずして、未来は語れないのです。いま現に膨大な米軍基地があるからです。

(2)国民、県民、世界の人々に対して

辺野古移設反対と述べると、「あなたは日米安保に賛成ではないですか」と質問されます。その時に私は、「本土の方々は日米安保に反対なのですか。賛成ならば、なぜ米軍基地を受け入れないのですか」と申し上げています。

私たちは暴力で対抗することはしません。法律に基づく権限を含め、私はあらゆる手法を駆使して辺野古新基地建設を阻止する覚悟です。

(3)アメリカに対して

アメリカは立派な当事者なのです。傍観者を装う態度は、もはや許されません。

日米安保を品格のある、誇りあるものにつくり上げ、そしてアジアの中で尊敬される日本、アメリカにならなければなりません。