と、とりあえず並べてみたが、これだけでは内務省とはなんぞやというのがちっとも分からない。
とくに軍隊とのダイナミックな関係がまったく見えてこない。
とにかく分かったのは、共産党の綱領に書いてあった絶対主義的天皇制とか、軍事的・封建的帝国主義とかいう規定(32年テーゼ)が、当時の現実の政治状況とはかけ離れていることだ。
内務省・警察機構が国内における民主主義を踏み潰し、戦争への道を掃き清めたことは間違いない。しかし彼らが直接戦争を煽り、国民を戦争へと導いたかというとそうでもない。
さりとて消極的でも戦争に抵抗したかというとそうでもない。むしろ積極的に後押しして、銃後の備えに勤しんだというべきだろう。となると、内務省は最悪のオポチュニストということになるが、それほどまでに無定見だったのだろうか。
ここで なぜ内務省は軍の暴走を後押ししたのか という問題が重くのしかかってくる。それは内務省の持つ独特の風土によるものであったのか、それとも、そもそも官僚であるが故の習性にもとづくものなのか、この辺の判断がどうもすっきりしない。
とりあえずヒントとなるのが、福島の原発事故に関する国会の調査委員会の報告だ。
国会事故調は、原産協会と東電が、経産省を縛り付け、安全神話を押し付け、必要な対策を怠ってきたことが原発事故の究極の原因であり、その故にこそ、事故を「人災」と糾弾したのである。
この報告では、原発事故の主犯として財界を挙げている。しかし、報告を読んだ私の感想はむしろ逆だ。
財界でも政界でもなく、経産省は米国の意も受けながら、すべての戦略をコーディネートしてきた。それは財界ではなく「総資本」としての支配者の意向を反映している。
この論理から言えば、日中戦争を泥沼化し太平洋戦争へと突き進んでいったのは、軍部の跳ね上がり集団ではなく、内務省に反映されたネオコン的・妄信的「総資本」の意志であったということになる。
この辺りの政治的ダイナミズムをうまく説明している人はいないだろうか。