経済マクロの指標を「身体測定」の論理で考える

いくら経済の教科書を読んでも分からない。経済マクロの指標(ファンダメンタルズ)とは何かということだ。あれもある、これもあると並べ立てるだけでそこに論理的整合性はない。さらに経済マクロは財政マクロ、金融マクロなどと細分化される。

なにとなにをマクロ指標とするかで流派があるようにさえ見える。

そこで素人なりに考えてみた。わかりやすくするために、「身体測定」の論理を用いる。

1.身体測定

身体測定というのは、むかし小学校の頃やっていたもっとも単純な健康診断法である。基本的には身長と体重である。場合によっては座高と胸囲が加わった。短足の私は座高が嫌いだった。座高と健康の間に何の関係があるのか! 俳優やモデルになるわけでもないのに、胴長・短足で何が悪い!

おそらく意味があるのは平均値からの偏差であろうが、実際には大きいほうが良いと考えられた。「健康優良児」という表彰制度があって、昔で言えば甲種合格ということになる。

とにかくこれが一番プリミティブな健康診断である。ものすごく多くの仮定条件がつくので、それだけで決定的なことは言えないにしても、やはりまっさきに掲げるべきマクロ指標であろう。

身長・体重に相当するものは何であろうか。それは総資産であろう。資産と言っても色々あるが、とりあえずネットで総資産とくるめておく。

2.経年変化

身体測定は毎年やって経時変化を見ることによって、大きな意味を持っていくことになる。体は黙っていても成長していく。翌年の身体測定ではほぼ必ずすべての指標が増加している。この増加率が問題なのだ。

この増加は何によってもたらされたか。基本的には食べ物である。食べ物の栄養の内、半分が排出される。残りの半分が体に取り込まれ、その何割かは体を動かす動力として使われ、何割かは古くなった体成分と置き換えられる。すなわち消費される。そして残りの(多分1%くらい)成分が成長に用いられる。

この食い物の生産が国内総生産(GDP:Gross Domestic Product)にあたる。

3.ちょっと付け足し 「国内総支出」というナンセンス

これに対して国内総支出(GDE:Gross Domestic Expenditure)というのがある。排出分と消費分を合わせたものだとすれば、排出分が完全に再利用された場合、かつ総資産がゼロ成長の場合はGDP=GDEとなる。

ただ、ちょっとおかしいのは、食い物の生産には原料や材料が必要なのだが、それは総資産から振り向けられるほかない。だからGDPの分だけ総資産は目減りしているはずである。とすれば総支出と総生産が等しいとすれば、総資産は減っていくのではないか。

支出を生産的消費に向けられる部分と純粋に消費される部分に分けると、生産的消費への支出と生産額がイコールの関係になって、純粋消費分はそれでは埋めきれないのではないか。そう考えると生産分は消費分を上回っていると見るべきだろう。「支出」と「消費」という言葉の異同については注意が必要だ。

多分、国内総支出(GDE:Gross Domestic Expenditure)というのはいわば後知恵で、あまり意味のない統計数字だろう。我々の基本的関心は「売りと買い」にはない。欲しいのはその背後にある「生産と消費」である。「国内総消費」の数字(おそらくは剰余価値と照応)が独立して必要になるだろう。

三面等価:早わかりみたいなページを見ると、Y=C+I+G+(EX-IM) と御大層な式が掲げられている。Y(生産)はC(消費)の他にI(投資)、G(税金)、貿易収支が入りますよということだ。
この式を知っているかいないかが,間違った経済理解(一般常識)に進むか,本物の「経済学」に進むかの,分岐点なのです
しかし私に言わせれば、これは家計簿みたいなもので、「いろいろと金はかかるんですよ」と出口論を語っているにすぎない。
この式をもっと正確に書くなら
Y=Y'(生産経費)+I+G+(EX-IM)と書くべきだろう。
Y'を左に移せば
Y-Y'=I+G+(EX-IM)となる。
Y-Y'というのは生産活動により付加された価値だ。

4.食べれば大きくなる

GDPというのは生産活動に回る資産の割合でもある。成長期には驚くほどガツガツと食べる。エンゲル係数もこれに比例して上がることになる。

戦争中は金の指輪からお寺の鐘まで供出して兵器の生産に集中した。守るべき国民資産を削ってまで生産に回せばたしかに生産は上がる。

したがって、GDPは国民収奪の度合いを示す指標でもある。(正確には総資産に対する総生産の割合)

もちろん国や資本家に手持ち資産があれば、そちらを使えばいいのだが、新興国ではしばしば手持ち資産がないから、庶民の資産をひったくることになる。

ラテンアメリカ諸国の経済を分析するときにしばしばこの問題にぶつかる。GDPを収奪強度の指標としてみなければならない場面がしばしばある。

5.突然ですが、心臓突然死のお話

最近の発育曲線は知りませんが、30年ほど前は中学3年から高校1年生にかけてが危険な時期でした。

男子ではいろいろ不整脈が出る時期です。女子では生理不順、貧血、めまいなどが頻発します。

私はこう説明していました。急速に体は大きくなるが内臓は着実にしか成長しないので、ギャップが生じてしまう。そのしわ寄せが心臓に集中する。それは軽自動車のエンジンで大型トラックを動かしているようなものだと。

今では、もう少し心臓独自の事情が関与しているのではないかと思うようになっていますが、人に説得するにはきわめて有効な「仮説」であります。

GDP悪者論ではない。ただGDPを見るときには、その国の資本主義の歴史的発達段階、理論的には「総生産/総資産」の観点が必要だということを言いたかったのです。

6.とりあえずのまとめ

以上から、マクロ中のマクロというのは次のようなものであることが分かった。

国内総資産

国内総需要

国内総生産

国内総消費(生産的消費+純粋消費)

それらがどう関係するかというと、

①国内総資産から原資が抜き出され、生産に充てられる。

②原資(資本)は生産過程で消費され、それを上回る富(国内総生産)としてリターンされる。

③国内総生産から生産的消費分を国内総資産に戻す。残りの富が国民生活の糧として純粋消費されるが、一部は使わずに総資産に付け加えられる。

④増加した総資産の一部は生産のための原資として再利用される。そのための原資は生産が繰り返される度に増えていく。

⑤しかし元手が増えても自動的に生産が拡大するわけではない。総資産からどのくらいの資本が引き出されるかは、国内総需要、とくに純粋消費を目的とする需要によって規定される。

⑥生産の拡大は需要の拡大(欲望の増大)を必須条件とする。したがってGDP成長率は需要の拡大を間接的に示す指標である。

ここを把握するか否かが,間違った経済理解(一般常識)に進むか,本物の「経済学」に進むかの,分岐点なのです

これらがわかると、後はそれぞれを割ったりかけたりすれば出てくるものばかりである。

しかし国内総生産を除けばはっきりした数字では出てこない。だから貯蓄残高とか設備投資残高など出てくる数字を使って近似的に求めることになる。

それを称してマクロ経済学と言っているのではないだろうか。

間違っていたらごめんなさい。