鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

ここまで拾ってきた「各界の声」から、「国民連合政府」の勘所を整理してみたいと思う。

各界の意見で国民連合政府構想を補強してみると、かなりその外形がすっきりしてくる。

1.国民連合政府の目標

まずその目標としては、戦争法を破棄するだけでなく、戦争法を成立させる過程で行われたさまざまな立憲主義、議会制民主主義の破壊を修復し、近代政治の本来のあり方に戻すことである。

憲法学者・長谷部恭男氏の主張は非常に重要である。
これからどう戦っていくか。最後は政権を変えるしかないと思う。今回の安保法制を廃止する法案を提出して成立させるだけでは駄目で、集団的自衛権行使を容認した閣議決定を「間違っていた」と、元に戻してもらわないといけない。
「国民連合政府」を最初に提示したのは共産党でなく、自民党推薦の参考人をつとめた憲法学者であったことを想起しなければならない。

立憲主義の再確立に関しては、専門家の合意を受けてその内容を確定していく必要がある。これについては長谷部さんの指摘が示唆的である。

毀損された憲法解釈の基本的論理
1.個別的自衛権の行使の条件(1972年の政府見解)
「日本の国の存立が脅かされる」事態の定義が拡大されている。
2.武力行使の限定が撤廃された
武力行使は限定されるというが、地球の反対側まで行って武力行使できるというのは、どう考えても限定されていない。 
3.「武力行使の一体化」禁止の撤廃
 弾薬の提供や発進準備中の航空機への給油は、明らかに憲法上禁じられてきた他国との武力行使の一体化だ。
4.政府の恣意的憲法解釈が可能に
内閣法制局長官の人事にまで手を突っ込んだ。政府の憲法解釈を、時の政権が変えられるようになった。立憲主義に対する正面からの挑戦としか言いようがない。

国民連合政府=内閣はこれらの手続きを完了した後、選挙管理内閣に移行する。したがってこの政府は暫定的な性格を持つ。

戦争法廃棄を担保するためには、閣議決定の破棄にとどまらず、内閣法制局のあり方再確立、防衛省への文民統制の徹底、自衛隊出動基準の再確認と厳密化などさまざまな法的手立てが必要となるが、それらの課題は国民連合政府のさしあたっての任務からは外れるかもしれない。

2.「野党共闘政権」としての性格

国民連合政府が成立するためには選挙での勝利が必要であり、そのためには野党の協力が必要である。

反対勢力は当面、野党勢力にとどまらざるをえないが、保守層からも民主主義・立憲主義を大切にする流れが強まることを望む。新しい政治はそのようにして生まれるはずだ。(憲法学者の浦田さん)

野党協力の到達点は9月18日の野党党首会談での合意である。すなわち「どういう事態になっても、今後とも憲法の立憲主義・平和主義・民主主義を守るために協力して行動する」という確認である。

(戦争法案が審議入りして以降)衆議院段階で2回、参議院段階で4回、合計6回の野党党首会談が行われた。
野党共闘は最初は頼りなかったが、次第に腰が定まった。それにより抵抗運動が盛り上がった。(中野)
そして「強引な採決に反対する」「法案の成立を阻止する」などで結束し、最後は、内閣不信任案や問責決議案を共同提出した。

「立憲主義・平和主義・民主主義」が現に毀損された以上、これを元に復することは、確認の延長上にある。

これが野党共闘の到達点であり、「野党共闘政権」のための出発点である。

基本的な政策理念の一致がなければ「野合」に過ぎないという批判はわかります。しかしいまは、違憲の安保法制を廃止し、安倍強権政治を止めるということ以上に崇高な理念があるでしょうか。(政治学者 山口二郎さん)

「国民連合政府」は実体としては「選挙協力にもとづく野党共闘政権」であるが、その性格はたんなる野党間の共闘ではなく国民的なものであるから、「国民連合政府」と称することは正しい。

しかし共産党が綱領で唱える「民主連合政府」と紛らわしいというのであれば、名称は「オリーブの木」などでも問題はないと思う。

3.戦争法反対運動の総括

これについては別のあつかいが必要だ。

一応、野党共闘と国民連合政府へと向かう巨大な流れについて注目しておこう。

まず国民の怒りの凄まじさ、平和への願いの強さをどう評価するか。

ここまで反対運動が盛り上がったこと、そしてこんなに憲法の平和主義への愛情が根深いものだったとは正直予想外でした。…立憲主義という言葉がこれほど浸透し、その是非が政治の争点になるというのも予想以上です。(政治学者 山口二郎さん)

闘いの精神が内的論理としているのは、「暴挙、独裁、非常事態、正論、大義、責務、本気、決意、覚悟」などの言葉だ。そしてそのなかで「国民的大義」という言葉が中核的イメージとして浮かび上がってきたといえるだろう。

池田香代子さんは、この闘いを「第3次安保闘争」と呼んでいる。その上で第1次、第2次安保闘争との違い、新しさを「無党派の若者を先頭に、市民が非暴力の抵抗権を行使し、運動の出口として選挙による議会制民主主義の回復を指し示した」と評価している。

この人は第1次も第2次も知らない世代と思う。体験者からすると、「いやいや、こんなものじゃなかったよ」と喉まで声が出かかるかもしれないが、それは飲み込もう。

若者の動きは波の先端の白浪のようなもので、実は中高年と女性を中心とした津波のようなうねりと地殻変動だった。それは過去二回の安保闘争を遥かに上回る規模で、既存政治を飲み込もうとしている。

4.野党共闘の論理

「国民的大義」が野党共闘を築き上げたという実感は多くの人が語っている。野党共闘は闘いのなかで育まれた。したがって、「暴挙、独裁、非常事態、正論、大義、責務、本気、決意、覚悟」という闘いの精神を受け継いでいる。

「憲法の立憲主義・平和主義・民主主義を守るために協力して行動する」という確認を守ることは、野党共闘に加わったすべての政党にとって存在価値をかけた大義であり、国民から課せられた責務なのである。

国会前に多くの皆さんが集まり、声を上げました。その声は反対派の野党に届き、野党と私たち市民の動きが完全に連帯しました。
強行はされたけど、そういった大きな賜物、これから社会を変えていくために必要な大きなものが生まれたと思っています。(ミサオ・レッドウルフさん)

野党は議会の中では少数派である。しかしいまや立憲主義・民主主義を守る運動の主人公となっている。

野党は今や国民の中では多数派である。野党は政府を握ることを恐れてはならない。多数派の声を代表し政府を握ることにより、立憲主義・民主主義を守らなければならない。

広瀬清吾さん(学術会議前会長)は「これからの運動は歴史上はじめての市民革命的大改革となるだろう。なぜならそれは反対運動を豊かに発展させ、国民多数の意思を国会の多数にし、そこに立つ政権を誕生させる運動だからだ」という。
小林節さんは「民主革命だ。(次は)政権交代だ! それ(国民連合政府)以外に方法はない!」と咆哮している。

もしそれが出来なければ、野党は国民を裏切ることになり、立憲主義・民主主義は野党とともに死んでしまうことになる。

だから野党が本当にしっかりしてもらわないと、国会機能が今の状態でずっと推移していくとしたら、自民党だけでなく野党の責任もあると言いたい。(庄原選出の自民党県議の小林秀矩さん)
政治の劣化に野党は共同の認識を持つべきです。国民連合政府をいかに成功させるかに議会制民主主義の未来がかかっています。(内橋克人さん)

 

5.国民連合政府樹立への行程

A 野党間合意

安倍内閣打倒、暫定的内閣の設置、閣議決定の廃棄、戦争法廃棄法案の策定

B 統一政策・統一スローガンの発表、選挙確認団体の立ち上げ、市民組織の扱い討議

C 選挙協力のすり合わせと公認候補の選定、(野田や前原も支持するのか? 彼らが民主党員として3条件を支持すれば支持することになる)

D 選挙勝利と組閣

E 閣議での集団自衛権否認決定 憲法尊重の確認

F 戦争法廃棄法案の提出、審議、可決

G 選挙管理内閣への移行

6.「国民連合政府をもとめる会」がもとめられている

名称はどうでもよいのだが、野党共闘政権の実現をもとめる国民的圧力が高まっていくだろう。

若手弁護士の黒澤さんは、「各野党には、まず、この国民の闘いに応じること、国民のための政治をする覚悟を示すことを求めたい」という。この気迫が最大の圧力である。

具体的な行動としては、憲法学者の石川裕一郎さんの提言が非常に説得力を持っている。

今回の運動のなかで、日本の民主主義は、“ひとつ上のステージ”に上った。それは専門家、一般人がさまざまな情報を交換し、議論したためだ。
そのひとつ上のステージで「呼びかけ」が出されたのだから、それについてもひとつ上のステージで議論しよう。それは各野党が妥協可能な点をそれぞれの専門領域において検討し、具体的な提言を行うことである。
政党を上から目線で批判したり、どうせ野党はまとまらないと切り捨ててはいけない。

ということで、1.この間の野党共闘の前進(積み上げ)の意義をしっかり整理して捉え、その先に新たな共闘のあり方を模索すること。2.国民連合政府を踏み絵にして迫るのではなく、野党共闘のさらなるステップアップを最大の獲得目標とすること、3.そのためのひとつの叩き台として「国民連合政府」構想を最大限活用すること、を骨子としている。ややまどろっこしいようだが、たしかに正論である。

もちろん、この運動は倫理的運動ではなく政治選択そのものであるから、これまでになく「ハードルは高い」ものとなるだろう。

民主党の岡田委員長が「ハードルは高い」と言っているのは、逆説的にこの事を指しているのではないか。しかし津波のような国民のエネルギーは、このようなハードルを軽々と乗り越えて行ってしまうのではないか、とも思う。

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