ここから先は、例によって酒飲み話だ。

1.大脳の出自は末梢神経だ

フロント脳というが、この脳の構造は明らかに左右感覚をそのままに残している。脳といっても脳葉だ。あえて言えば末梢神経(神経叢)ではないか。

中枢神経系というのは原索であれ脊索であれ動物の背中を一直線に貫く単一の神経集団だ。そこに体節神経や感覚器からの神経が左右一対となって接合していく、これがオーソドックスな構造だ。それは支配するために生まれてきた構造であり、抹消神経叢など草莽の輩とはそもそもの出来が違う。

由緒・素性に形式主義的にこだわれば、大脳も小脳も脳幹ではないという意味において中枢神経ではないのである。

それらは脳幹に対して1ランク下の存在でしかないのである。しかしそれはあまりに有能であるがために、脳幹を意のままに操る官僚機構のように肥大していくのである。(前脳の背側からは松果体などいくつかの“ツノ”が飛び出している。その中の一つが嗅脳の中に入りこんだ可能性もある。いわばハイブリッド型脳だ。その場合は、中央から送り込まれた官僚が嗅脳に中枢神経的な構造を与えるとともに、自ら在家化したことになる)

2.フロント脳は情報を修飾して送ってくる

体感情報にせよ視覚・聴覚情報にせよ、一般に感覚情報は生の形で中枢神経まで送られ、中枢神経がそれを読み解き判断する。しかし嗅覚の場合は好悪の判断の付箋つきで入力する。

中枢神経はそのようにして価値判断の処理が成された情報を受け取ることになるので、その判断が適切か否かを評価することになるのだが、実際にはそれは不可能に近い。

3.フロント脳のクーデター

思いつきだが、最初のフロント脳は線条体あたりの大脳基底核だ。それだけでも脳幹に匹敵するほどに大きいのだが、やがてそれは大脳皮質という膨大な記憶装置や演算装置を備えるようになる。

そして統帥権を盾に、政治に容喙しやがてそれを従えるようになる。それが視覚情報の二次処理だ。

視覚情報の最終処理は中脳から大脳に移され、中心溝の後半に帯状に集約されるようになる。

中脳は見る陰もなく退縮し、たんなる情報の中継点に過ぎなくなる。

最後まで脳幹に忠誠を誓っていた小脳も、ついには大脳の指示のもとに置かれるようになる。

4.間脳の二重構造について

いわゆる「間脳」という言葉には抵抗を感じる。そこには終脳や大脳が上位であり、「間脳」が中間点でしかないという価値観がふくまれている。

しかしそこは、元々は脳の最高の中枢であり、神経内分泌系と結びつくことにより、「何故生きるのか、何故動くのか」を動機づける「魂の源」だ。

前脳は万世一系の国体の始原なのだ。ただし前脳は本来あくまでも脳幹の一部であり、他の中脳、後脳と同じ役割を担っている。すなわち体節情報の集中点としての役割である。

前脳はおそらくはその背側でフロント脳からの情報を受ける。そしてその腹側で神経内分泌系との連携を行う。

しかし大脳は脳全体を支配するために、前脳の背側を唯一のアクセスとすることに我慢できなかった。独自に神経線維束を伸ばし、中脳、小脳と直接接合するようになった。

視床は大脳から伸びた神経線維の一つの中継駅にしか過ぎなくなった。

こういうストーリーで見ていくと、いまは「間脳」と軽んぜられている前脳の真の姿が見えてくるのではないか。

下の図を見ると、そのへんの感じが出てくる。(第 4 回 脊椎動物の視床下部より転載)

視床下部