ナメクジウオの前脳・中脳・後脳を、とりあえず神経内分泌中枢(可能態としての情動中枢)、感覚器中枢、体感中枢と概念づけてみた。私流に名付ければ「三脳構造仮説」である。

MARKの部屋という文章は、ナメクジウオが魚になるにあたって、とくに感覚器中枢(中脳)がいかに発展したかが記載されている。

1.大きな中脳(従って視覚が鋭い)と大きな小脳を(運動機能に優れる)もつ魚は行動が機敏です。大きな中脳をもっても、小さい小脳をもつ魚は行動がおっとりとしています。前者の例としては、群れるイワシ、サンマや捕食者のカツオといった魚、後者の例としては、カレイ、キスなどの魚が属します。

2.幼時にプランクトンを食する生活をしている稚魚(ウナギ、タラ等)では視葉が脳の中で最も大きくなります。但し、成長して生活形態を変えるようになると脳の他の部分が発達し、視覚重視の生活から移行します。

3.終脳(従って嗅覚)が良く発達した魚の例としてはウナギやアナゴ、ウツボやマダイ、クロダイがいます。夜行性や暗い海で生活するタラはこの代表例です。魚では臭覚の役割が大きいようです。

4.小脳ではなく延髄(従って味覚や聴覚)が発達した魚にはコイ、フナ、タラなどがいます。延髄が発達している魚は終脳も発達している傾向があります。

5.小さい魚ではイワシのように群れるという特徴があります。動物が群れるためには仲間を認識する必要がありますが、この認識機能は終脳の扁桃体にあります。扁桃体は大脳の下に左右1つずつあるアーモンド形の神経細胞群です。

6.神経系とホルモンとの接点は視床下部と下垂体の部分にあります。下垂体には腺性下垂体(前葉)と神経性下垂体(後葉)があり、前葉は分泌細胞でできています。後葉は視床下部から伸びてきた神経軸索の集まりで、視床下部で作られた物質が後葉ホルモンとして貯蔵される場所です。これらホルモンは下垂体から血流にのって全身に流れます。

という簡潔な記載だが、きわめて示唆に富んでいる。

ニジマスの脳
  ニジマスの脳 (神経とホルモン より)


感想を列挙していこう。

1.ナメクジウオというグウタラな生物は、魚類に移行するに及んで一気に発達を遂げ、節足動物を追い越した。そこには節足動物とはまったく異なる進化の仕方があった。

2.その進化の秘密は視覚と小脳にある。順番から言うとまず優れた視力があり、それに対応して小脳が発達したということになるであろう。なぜなら視力の発達は一様であるが、小脳の発達は必ずしも必須ではないからだ。

3.中脳と後脳の境界であるが、最初に感覚器中枢・体感中枢と分けたのは間違いであった。視覚以外の味覚や聴覚は後脳に属するもので、中脳はまさに視覚のみに特化した中枢であった。したがって中脳を視覚中枢、後脳を視覚以外の感覚中枢とする。

4.視覚以外の感覚中枢が発達した魚の多くは二次的適応ではなかろうか。ナメクジウオの生活範囲は光が届く浅瀬で、そこでプランクトンを捕食していた。魚類の発達・分化により生活範囲が拡大し、それぞれの生活の場で必要に応じて視覚以外の感覚が発達していったと見るべきだろう。それでも昆虫に比べればその多様度ははるかに低い。魚は魚である。

5.嗅覚というのは、人間にとってはかなり理解し難い感覚であるが、もともとはレーダーのような知覚装置ではないだろうか。嗅神経の先端にある嗅球はもともとは露出し、突出していた可能性がある。我々の持つ5感というものを超越した、我々の失ってしまった知覚情報なのだろう。だから他の近くとはまったく別のシステムで脳につながっている。

6.我々にとって問題なのは嗅神経の中枢が終脳と呼ばれ、それが大脳の原基とされていることである。しかし魚で見る限り嗅脳は嗅脳であって、それが大脳に発達していくような進歩的存在ではない。それと、「三脳構造」から言えばかなり孤立した存在である。

7.その辺を追求していく足がかりとして二つある。一つは嗅覚にはもろに好悪があるということである。Smell であるか Flavor であるか、はたまた Odor であるか、とにかく嗅覚情報は必ず価値判断を伴って認識されるのである。聴覚にも多少はあるが、視覚にはまったくこういう要素はない。嗅覚中枢は価値判断を伴って対象を認識するのである。

8.嗅覚中枢としての終脳にはもう一つの特徴がある。それは終脳の中に扁桃体という、神経の機能としては説明しきれない脳機能が出現することである。「仲間を認識する機能」というのは、価値判断抜きには存在し得ない機能である。それは大脳機能の端緒と考えても差し支えないのかもしれない。

9.小脳はその脳付属物としての成立過程がかなり納得できる。視覚をふくむ知覚情報を受けた脳が、対応行動を組み立て椎体路系(運動神経)に指令を出す中枢である。とくに視覚情報の関与が大きいと考えられる。だから小脳の根っこは中脳と後脳の境界部に形成されるのであろう。人間ではかなり大脳の統制を受けるが、もともとはそれ自体が「評価し、判断し、行動に移す」中枢であったのである。

10.魚の脳の最大の特徴は、後ろ向きに捉えた場合、大脳の欠如というところにある。小脳のようにその生成の必然性をとらえることは出来ない。そこから大脳が発生する過程を捉えるためには、前脳→間脳+終脳、終脳→大脳という図式を一度ご破算にして見る必要があるのではないか。つまり終脳は前脳とは別の原基ではないかとの疑いである。

11.終脳が嗅神経の中枢付着部(視床)を中核として肥大したものであることは、肉眼的形状からも明らかである。前脳、中脳は基本的には一つであり、ペアーにはなっていない。もちろんその内部には左右対称性が維持されている。しかし一つなのだ。一つが割れてペアーになるのは進化の過程として考えづらい。もともと左右一対のものとして形成されたと見るのが自然だろう。

12.こうして考えてくると、人間の脳は三脳に嗅脳(広義の体節神経)が接合した4つのコンパートメントから形成されたと言える。三脳と嗅脳の接合の機序がさらに検討されるべきである。