アルツハイマー病 研究の歴史

1906年 Alois Alzheimerが、アルツハイマー病(AD)の最初の症例(女性、死亡時55歳)を報告

フィrstかせ

世界で最初にアルツハイマー病と確認された患者(ウィキペディアより)

1910年 クレペリン(アルツハイマーの師)、アルツハイマー病と命名。老人性痴呆とは異なる疾患とする。

1911年 アルツハイマー、鍍銀染色による検討結果を発表。

1.大脳の萎縮,皮質の神経細胞の減少,2.老人斑(シミのような異常構造)の多発,3.神経原線維変化(神経細胞中の繊維状の塊)を指摘する。

~1960年まで 高齢者(65歳以上)の認知障害もアルツハイマー病だという主張が有力となる。

1960年 この頃から電子顕微鏡の導入により病理所見が確定される。A)アミロイドの蓄積、B)神経原線維変化

1974年 神経原線維の変化がPHF(paired helical filament)蛋白の出現を伴うことが発見される。

神経原線維変化は、神経細胞の成分であるタウが過剰リン酸化により変性したもの。アミロイドと直接の関係はない。

1984年 アミロイドからAβ(Amyloid β protein)が抽出される。分子量4200ほどの蛋白で、正常脳には認められない。

Aβは脳で常に産生されているが,正常では分解あるいは除去される.何らかの異常でAβが老人斑として蓄積するのがアルツハイマー病である.東京都精神医学総合研究所 秋山治彦

1987年 Kang Jらの報告がブレイクスルーとなる。少し詳しく説明する。

1.Aβのアミノ酸配列をヒト胎児脳のライブラリーと対照した。
2.その結果、Aβは分子量約8千のAPP(amyloid precursor protein)の一部であることが判明した。APPは膜受容体を構成する蛋白の一つ。
3.APPをコードする遺伝子が第21染色体長腕上に存在することが分かった。
4.この遺伝子の量は、ダウンで5割増だったが、アルツハイマーでは増えていなかった。アルツハイマー病原因遺伝子APP 玉岡晃ら

諸文献でAPPについての記載が紛らわしい。APPそのものはタンパク質で、遺伝子ではない。APPの削りカスがAβになる。
第21染色体上に発見されたのはAPPの産生を誘導する遺伝子でAPPではないが、APPと言いならわされている。

1988年 アミロイド蓄積が神経原線維変化に先行することが確認される。

1992年 ハーディら、「アミロイドカスケード」仮説(Aβ仮説)が提唱。APP遺伝子の変異がアミロイド蓄積と神経原線維変化、神経細胞の脱落、認知機能の低下を引き起こすされる。(下図はアルツハイマー病研究の歴史とこれからの展望より転載)

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95年 早発性痴呆と関連する二つの遺伝子(プレセニリン1,プレセニリン2)が同定される。これらの遺伝子を組み込んだトランスジェニックマウスの作成が成功。

1999年 国内初のAD治療薬アリセプト(ドネペジル塩酸塩)が発売される。アルツハイマー病は脳内のアセチルコリンの著減を特徴としており、アセチルコリン分解酵素を阻害することで、アセチルコリン濃度の維持を図る。

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脳科学辞典 アルツハイマー病より

AchE Inhibitor は薬剤開発の本流ではない。Aβを標的とする薬剤として、主なものとして、
1.γセクレターゼ阻害薬(副作用により開発中止)
2.Aβワクチン(Aβの抗体を作り、グリアの排除機能を促進)
3.NSAIDs(長期服薬のRA患者に痴呆が少ないことが注目された。最近では効かない、むしろ有害とされている)

2002年 日本神経学会が「痴呆疾患治療ガイドライン」を発表。画像解析と脳脊髄液による分析を取り込む。(例えばPETではアミロイド蓄積の状況を確認できる。脳脊髄液ではアミロイドβ42の低下がアミロイド蓄積を反映する)

PET