Tom Phillips The Guardian, Friday 30 March 2007

ブラジルで解放の神学というとボフ神父が有名ですが、軍事政権の時代に独裁者たちと正面切って闘ったのは、ブラジル司教会議とイヴォ・ロルシェイテル議長でした。

あまり彼についての情報はないのですが、2007年3月に彼が亡くなったとき、英紙ガーディアンに簡単な活動歴が載せられていたので紹介します。

イヴォ・ロルシェイテル司教: ブラジル独裁政権と渡り合った高位聖職者

Bishop Ivo Lorscheiter: Prelate who stood up to Brazil's dictatorship

Jose Ivo Lorscheiter, cleric, born December 7 1927;

died March 5 2007

ブラジルの司教ホセ・イヴォ・ロルシェイテルが79歳で亡くなった.彼は解放の神学主要な提唱者の一人で、1964年に始まるブラジル軍事独裁時代に、拷問と人権虐待を非難し続けたことで有名である。その時代は「重い歳月」(anos de chumbo)と呼ばれている

しかし彼はつねに、みずからの行動については、「独裁と直面したキリスト教徒としての義務を果たしただけ」と控えめに表現していた。

あるとき彼はこう語ったことがある。「私にとってこれらの困難は普通のことだった。キリスト教徒として、人権を擁護するのは私の義務であった。私は常に感じていた。人々が我々の行動を信頼していると。だから私は決して寡黙でいることはなかった」

南米のカトリック教会の指導者たちは、世界でもっとも不平等な社会の一つであるこの地において、社会・経済・政治的な正義を推進してきた長い伝統を持っている。

ロルシェイテルは、ブラジル南部の州リオグランデ・ド・スルのサン・ジョゼ・ド・オルテンシオで生まれた。家は農家で7人兄弟の内の一人だった。この地域の多くの人々同様、彼の両親もドイツ系移民の子孫だった。彼らの本当の姓はLorscheiderであったが、登記所でのミスがそのまま司教の一生を通じて残された。

ロルシェイテル、あるいは信者たちの名づけた尊称「ドン・イヴォ」は、12歳のときからカトリック教会での軌跡を開始した。そのとき父親が地元の神学校に通うよう命じたからである。

彼はローマで神学を研究し、1952年にブラジルに戻った。1965年、彼は州都ポルト・アレグレに補助司教として赴任した。

それは、ブラジルの歴史の中で荒くれだった時代であった。

その前年、軍事的な独裁が国を掌握し、その強硬な政策に反対したすべての人々を抑圧し始めた。しかし彼らはアルゼンチンの同じ独裁者たちほどの悪評を収めることはなかった。アルゼンチンでは1976年から83年にかけて最大3万人の反対者が殺されたという。とはいってもブラジルでも何百人もの反対者は軍の手で“消され”た。ほかにも多くの者が不当に拘束され拷問を受けた。

危険にもかかわらず、ロルシェイテルはしりごみしなかった。彼は1964から1985までブラジルを統治した体制を批判することをやめなかった。1971と1979の間、彼はブラジル司教会議の事務局長を勤めた。そこで、彼はこの国の貧しい大衆への強い思いを明らかにし、進歩的なリーダーとして評判を得た。

1974年に、彼はサンタマリアの司教となり、1979年に司教会議の議長となった。そしてその職を1987年まで勤めた。

1970年からカトリック教会と軍事的な支配者のメンバーの間で、秘密の交渉が始まった。それは74年まで続いた。ロルシェイテルもこの交渉に参加した。

彼は繰り返して独裁と衝突した。そして捕らえられた政治犯を追跡した。そして独裁政権に挑戦した何百もの行方不明者(desaparecidos)、活動家、左翼ゲリラの主張を擁護した。

ロルシェイテルは軍事的なリーダーに立ち向かうことで有名だった。そのとき多くのものは沈黙を守ることを選んでいた。

「あなたのすることは道徳的に不当である」

伝えるところによると、あるとき、彼は最強硬派の将軍だったエミリオ・メディチ大統領にこう話した。

彼は2002年のインタビューにおいて言った。

「我々は対決しなければならなかった。それが破壊者であるなら、誰とでも、絶対に」

解放神学へのロルシェイテルの傾倒は、彼がバチカンと揉めることを意味した。それは1978年に保守的なヨハネ・パウロ2世が即位して以降、しばしば表面化した。ヨハネ・パウロ2世は南米のカトリック指導者が解放の神学運動に参加することに反対していた。

健康問題は生涯を通じてロルシェイテルを悩ました。晩年になると彼は繰り返して病院に入院した。彼は2004年に引退し名誉司教になった。

彼の死亡に当たり、国は3日間の喪に服すと発表した。およそ5,000人の支持者が彼の葬式に出席した。ルーラ・ダ・シルヴァ大統領は、ロルシェイテルを「我々すべてに人生のあり方と正義への敬意を示した素晴らしい人間」と評した。