軍部独裁と太平洋戦争突入の関連

昭和の歴史は数多く語られているが、そのほとんどに主語がない。 

歴史を教訓としようとする時、これらの文章は何の意味も持たない。

我々が学ぶべきことは、いかにして日本の国民が無謀な戦争に巻きまれてしまったかであり、なぜそれに抵抗できなかったのかということである。

それは歴史から直接には学べない。なぜなら現在流布されている歴史の殆どは、「仕方がなかった」論で貫かれているからであり、加害者抜きの被害者論で貫かれているからである。

我々はこの歴史の中から、いかにして誰かが国民を無謀な戦争に巻き込んだかを学び取らなければならないし、いかにしてそれに抵抗する力と民主主義・立憲主義を抜き取ったかを知らなければならない。

東条はヒトラーではない。東条は小物である。では永田鉄山か、彼も能吏にすぎない。ではトップの戦犯は誰か。

多分それは山県有朋だろうと思う。彼の作ったシステムの中に太平洋戦争へと突き進む遺伝子のすべてが内包されている。

その四つの柱は1.好戦思想+排外思想、2.民主主義の敵視、3.システムの軽視、4.派閥政治である。ただし4.は思想的柱というよりその結果にすぎないのかもしれない。

永田・東条はその4.を有効に利用して3.を徹底的に押しすすめた。なぜそれが可能になったか。システムが自ら2.を実践し、システムの脆弱性を極度まで推し進めたからである。

はっきりさせておきたいのは、政治トップや官僚たちは単純な被害者ではないということである。彼らがファシズムへの道を掃き清め、最後には自ら墓穴を掘ったのである。