強いられた国家改変としての明治維新

1.明治維新の内包する二面性

明治維新から太平洋戦争へと進んでいく経過は、一面では明治維新の精神の継承でもあり、一面では明治維新の精神からの逸脱でもある。

つまり明治維新にはそういう二面性が内包されていたということになる。

2.明治維新は外圧による国家の進路変更

明治維新は、実体としては開国であった。国際化とその中での生き残りである。それはある意味で強いられたものであった。外圧(黒船)がなければ、それは明治維新という形態では実現しなかったろう。

「生産力と生産関係」論から明治維新の必然性を説く人もいるが、それは違うと思う。それだけではせいぜいが異なる統治形態の実現に導かれるだけであったろう。

3.国内勢力のみによる国家の権力改変

この闘争の稀有な特徴として、支配層がまっぷたつに割れて、正面から力相撲を行って、その片方が勝利したということがある。

相争う二つの勢力がいずれも国内を基盤とし、外国勢力や買弁資本家の関与なしに戦争を遂行した。

なぜそれが可能だったか?

それを遂行するだけの財政基盤が国内に存在したからである。しかしそれだけではない。攘夷の思想が蔓延し、外国人への襲撃や戦闘が相次いだ。

それらは欧米政府にとってカントリー・リスクとなり、干渉をためらわせた可能性がある。

4.明治維新の精神

以上のことから、明治維新の精神は攘夷を内に秘めた開国の思想と結論される。そこには改変を自力で成し遂げた強い誇りと、それを急がせた強い危機感がある。

それはやがて、きわめて軍事色の強い「富国強兵」策となる。しかも、アジア諸邦から抜け出し、列強の仲間入りし、他国を侵略する側に回るという、ひとりよがりな“成り上がり”思想となっていく。

草の根レベルでは、桎梏となっていた幕藩体制から解放されたことで自主的な運動も巻き起こるが、それらは日清・日露と続く戦争の熱狂の中で明治政府に押しつぶされていく。