2日間の休みをかけてわずか10ページ、

経哲手稿の「ヘーゲル弁証法および哲学一般の批判」の読解が進まない。他の人達がスイスイと読み解いていくのが信じられない。

少し箸休め代わりに、先達のご意見を拝聴しておこう。

まずはアルント先生の講演ノート。「マルクスとヘーゲルの弁証法 ─絶対的にあらゆる哲学の最後の言葉─」と題されている。[PDF]マルクスとヘーゲルの弁証法から入ることができる。

アルント先生はベルリン・フンボルト大学・神学部教授で、国際ヘーゲル学会 会長でもある。2012年に来日して講演しているそうだ。

以下は抜き書きというかコピペ。

この弁証法は、“絶対的にあらゆる哲学の最後の言葉”です。だからヘーゲル的な外見から弁証法を解放することが,ますます必要なのです (ラ・サールへの手紙1858年)

演題はここからとられている。他に二つの手紙も紹介している。

もしいつかまたそんな仕事をする暇でもできたら,「弁証法」における合理的なものを,普通の人間の頭の人にわかるようにしてやりたいものです。ヘーゲルが発見はしたが,同時に神秘化してしまったからです(エンゲルスへの手紙 同じ年)

もし私が経済的な重荷を首尾よくおろせたら,『弁証法』の本を書くつもりです(1868年)

ということで、経哲手稿の時代、グリュンドリッセの時代、資本論第一部を世に問うた時代に、マルクスは弁証法に大きな関心を払ったようだ。

その中でも経哲手稿の時代には特別な思いがあるようだ

ヘーゲル弁証法が神秘化する側面を,私は30年ほど前に,それがまだ流行していた時代に批判した

アルント先生はこういう。

マルクスは繰りかえして、ヘーゲルは弁証法を「神秘化」したと主張する。ではどこをどう神秘化したのか。マルクスはどのように「脱神秘化」したのか。それが問題だ。

そうなんだよね。だからみんな苦労して経哲手稿を読むんだ。

アルント先生は、資本論刊行後の1872年にマルクスの書いた第二版へのあとがきから引用している。

ドイツの批評家たちは,(資本論が)ヘーゲル的な詭弁だという非難の声をあげている。

マルクスはそう言われることをかなり予想していたようで、そう言われることを期待さえしている。

弁証法がヘーゲルの手のなかで受けた神秘化は,彼が弁証法の一般的な諸運動形態 をはじめて包括的で意識的 な仕方で述べたと言うことを,けっして妨げるものではない。弁証法はヘーゲルにあっては頭で立っている。神秘的な外皮のなかに合理的な核心を発見するためには,それをひっくり返さなければならない。

これがとっときの反論である。