脳の発達を見ていく上では、ポール・マクリーンの脳の三層構造仮説を捨て去らなければならない。さまざまな批判は行われているが、さりとてこれに替わるテーゼが確立されていないために、いまだにマクリーンの亡霊があちこちを彷徨っている。

かんたんに発生史を振り返っておこう。

7億年前、多細胞動物の第一段階として、原生動物(アメーバー)やカイメンが誕生した。彼らには神経細胞はなかった。その後ヒドラ、クラゲなどが誕生した。彼らが神経組織を持つ最初の動物だ。この時点では神経は随所に散在しているに過ぎず、体系を成していなかった。

やがて動物の一部が陸上に上がり、昆虫(節足動物)が爆発的に発達した。彼らは現在の脊椎動物の脳とつながる神経系の基本構造を形成した。神経系は脳神経節と食道下神経節とに分割され、前者が抑制的,後者が促進的に作用することで生命のバランスを維持した。

ここから2つのことを学ぶことができる。生態は二つの神経系(中枢神経系と自律神経系)から成立すること、そして中枢神経系は基本的には抑制的に働くことである。

5億年前 水中の動物からギボシムシ(半索動物)が誕生した。これらの半索動物では「口盲管」の周囲に神経細胞が増殖(襟部神経)し、管状に伸びていくのが観察されている。

続いて原索動物が登場する。その一つであるホヤの幼生(尾索動物)に、「神経管」が形成される。神経管は長さ2mm、直径0.2mmほどのチューブで、その内側に神経細胞がつくられていく。同じ原索動物(頭索動物)であるナメクジウオでは、神経管の先端に脳胞が形成される。

この「脳胞」こそ脳の原基であろう。これは脊椎動物の間脳(情動系)に相当。また視床下部・脳下垂体類似の構造も確認されている。

そしてその後に脊椎動物が登場する。まず発達したのは魚類であった。

魚類の脳は脳幹、小脳、大脳(終脳)に分節するが、脳幹(間脳、中脳、延髄)が大部分を占める。

魚類においては小脳は小さな膨らみにすぎない。終脳を形成するのはいわゆる「大脳辺縁系」である。発生学的には「間脳辺縁系」であろう。その一部に外套と呼ばれる部位があり、これが新皮質の原基となっていく。

やがて一部が陸上に上がり両生類となる。やがて爬虫類が発達。大脳と小脳が発達する一方、腰部など身体各所にも大きな神経節が発達するようになる。

そして鳥類や哺乳類が登場。大脳の新皮質が発達し、「感覚野」「運動野」といった新しい機能を持つようになる。

最後に霊長類が登場。新皮質内に「連合野」が出現し、より高度な認知や行動ができるようになる。

間脳が脳の出発点

以下は私の仮説にすぎないが、間脳は神経系のジェネレーターであり、間脳が誕生したことで神経系はたんなる電線の集まりではなくなったのだろう。

動物は神経系を通しても動くが内分泌系を通しても動く。ここで動物の神経系と内分泌系が接合し、内分泌系が神経系にその“意義”を与えたのだろうと思う。そして内分泌系と結びつくことにより、元来は抑制系であった神経系が賦活性の要素を与えられたのであろう。

雑駁な例えで申し訳ないが、政治システムのことを考えてみよう。

中脳と延髄は官僚機構で日常行政を担当する。間脳は政治機構として行政機構に“意志”を与える。その間脳に対し、内分泌系は末梢の状況を伝え“意義”を与える。そして全体として間脳と行政機構は一つの統治機構として君臨することになる。

この基本構造の上に、間脳の働きを支援(レビュー)するものとして大脳が発達し、中脳の働きを支援(レビュー)するものとして小脳が発達していく。

雑駁ついでに、今度は経済システムと対比してみよう。

内分泌系というのは体の代謝を司るのだが、独自の連絡系統を持たない。物品の運送用である血管系を通して、いわば間借り状態で働いている。持ち場、持ち場が郵便を発送するように血液内に情報を発出し、これを受け取った内分泌器官が血中にホルモンを発送する。

このような実体経済のシステムに、新たな情報手段として神経系を使おうというのは画期的な方法である。情報系があまりに発達すると、すっかりそれに依存するようになり、あたかも人体は神経系で動いているようにみえるようにさえなる。しかし実体経済と市場原理は、究極的には経済システムを貫徹しているのである。

これらの例えは、「説明されるべきもの」で「説明すべきもの」を説明してしまうという致命的な欠陥を持っている。しかしなんとなく、気持ちとしては分かるでしょう。