マヌエラ・カルミナに関するAFPの報道はあまりにひどい。読み返してみたが、読むに耐えない。

他の情報も加えつつ整理する。

まず、どうやってマドリード市長に当選したかの経緯がさっぱりわからない。

選挙の経緯はこうだ。

マドリードの市長は間接選挙であり、議員選挙で選出される。

それで、その議会選挙だが、すでに5月に終わっている。

その選挙の結果だが、国政与党の国民党(AFP記事ではPopular Party)が第1党となった。

2位につけたのが、ポデモスの支持を受けた革新派グループ「アオラ・マドリ」、3位が第一野党の社会労働党だった。そこで2,3位連合の協議が始まり、6月にマヌエラ・カルメナ(71歳)を市長とすることで合意した。

カルメナはエリートの出身で、マドリード大学法学部を卒業。その後、フランコ独裁政権のもとで、共産党員弁護士として労働運動、人権運動の支援を続けてきた。民主化以降は、判事となり最高裁判事まで務めた。

カルメナ

目玉公約をいくつか挙げておくと、

1.家を差し押さえられた人及び立ち退きさせられた人のための代替住宅を確保する。ほかに水道・電気代の支援、保健サービスへのアクセスの保証など。

2.公共サービスの民営化の停止、公有財産の売却停止。公的債務の公開監査を実施。

3.国民党の策定した都市開発計画の停止。長期失業者及び若者の雇用のための緊急計画。

4.市長報酬を現在の半額以下の550万円に。

ただしその出発点は厳しい。長く続いた国民党の市政は6千億円の借金とデタラメ都市計画を残した。

なお、マドリードのライバル都市バルセロナでも、独立左派の活動家アダ・コラウ(女性)が、ポデモスの支持を得て市長に就任している。こちらは41歳のパキパキのミリタントで、住宅強制退去に反対する直接行動で数十回警察に拘束されているという強者。

第3の都市バレンシアでも、24年君臨した市長を追い出し、革新市長が誕生した。国民党は、この他セビージャ、サラゴサ、トレド、コルドバ、カディスで政権を失った。