1960年5月19日を思い起こそう

その日、衆議院日米安全保障条約等特別委員会で新条約案が強行採決された。翌日には衆議院本会議を通過した。あとは6月19日の自然成立を待つばかりとなった。

これで終わったと、少なくとも岸信介は思っただろう。しかし怒涛の抗議行動はそこから始まった。

もちろん、安保条約改訂反対の運動はその前からずっとあった。砂川事件で伊達判決がだされ、全学連は国会に突入していたし、労組はゼネストで抗議していた。60年1月に日米交渉が妥結すると、さらに運動は盛り上がった。

しかし医学生や組織労働者を除けば、国民の大多数はそのような闘争とは無関係に生活していた。今よりはるかに保守寄りだった。私もそうだった。

5月19日以降、明らかに闘争は姿を変えた。ことは安保ではなく、民主主義の問題となった。国民の多くが反対する法案を与党が数に任せて強行して良いのか。これは民主主義の破壊であり、その先にはあの戦前の専制政治の再現が待っているのではないか。そこに東條内閣の閣僚として戦争を推進したA級戦犯としての岸のイメージが二重写しになる。

当時の20歳を超える人達の殆どは戦争の惨禍を身を持って味わった人たちだった。戦後の辛苦をなめてきたし、いまだに立ち直れない人も多くいた。

これが60年安保闘争が爆発的に盛り上がった理由だろう。

現在の状況は、目に見える範囲では60年ほどに高揚もしていないし、激烈でもない。しかし民主主義に対する危機感ははるかに後半に浸透している。それは世論調査を見れば明らかだし、地方新聞の論調は当時と正反対だ。つまり草の根保守派が総掛かりで反対に回っている。

もう一つは、政府の側の過剰な暴力性だ。全学連ばかりが問題にされるが、現場では政府側の暴力性が際立っている。委員会採決では、自民党は座り込みをする社会党議員を排除するため、警官隊の導入も辞さなかった。それどころか右翼青年を公設秘書として動員し、警官隊と共に暴力を振るった。

続く衆院本会議は最初から喧嘩腰だった。清瀬議長は、深夜に警官隊を国会内に入れ、座り込んでいた社会党議員を排除した。本会議は50日間の会期延長を議決した。これで後は自然成立を待つのみとなった。岸信介はいかにも戦犯らしく、反対派を国賊と思っていたに違いない。本当の国賊はあんたなんだよ。

「民主主義を守れ」の呼びかけはまたたく間に全国に広がった。5月26日の国会請願デモには約17万5000人が参加、6月の4日には460万人が参加するゼネストが行われた。国会議事堂の周囲をデモ隊が連日取り囲んだ。東久邇宮稔彦王ら元首相3人が岸に退陣を勧告した。

中央紙も政府の横暴について非を鳴らした。すべてのメディアがそろって「岸退陣」を迫った。6月17日に強い圧力のもとで「デモ隊の暴力を批判」する共同声明を発表するまでは、民主主義擁護の立場に立った。

この時岸信介が放った言葉が有名な「声なき声」である。「国会周辺は騒がしいが、銀座や後楽園球場はいつも通りである。新聞だけが世論ではない。私には『声なき声』が聞こえる」と開き直ったのだ。そしてますます暴力性を露わにする。それが6月15日の最大規模のデモを引き起こした。この日、国会前でのデモ活動に参加した人は主催者発表で計33万人、警視庁発表でも約13万人である。

6月15日の事態を少し明らかにしておきたい。この日は全国でストライキが行われ、580万人が参加した。東京では11万人が国会議事堂を包囲した。こういう先鋭化した状況のもとで“事態”が出現したのである。

事態の主要な側面は全学連デモ隊(約7千人)の国会突入にあるのではない。そのような衝突はすでに数回にわたり繰り返されていた。6月15日の事態は機動隊のデモ隊への突入が本質である。全学連と関係ない国会請願のデモ隊にまで一斉に危害が加えられている。さらにこの攻撃部隊の中には暴力団と右翼団体が加わっている。

問題は、それが当局の一部による行き過ぎではなく、岸信介かそれにきわめて近い筋からの指示であったことである。

6月15日、岸信介は防衛庁長官赤城宗徳に対して陸上自衛隊の治安出動を要請している。これに応じ東京近辺の各駐屯地では出動準備態勢が敷かれた。国家公安委員会委員長石原幹市郎が反対し、赤城も出動要請を拒否したため、「自衛隊初の治安維持出動」は回避されたが、岸がかつての軍部並みにやる気満々であったことは間違いない。

6月19日に新安保条約は自然成立、国会周囲は33万人のデモ隊が取り巻く。

アイゼンハワーの訪日は中止された。岸信介とその内閣は6月23日に総辞職した。デモは驚くほどのスピードで収縮する。いくつかの選挙で、地方に政治の風はほとんど吹いていなかったことが明らかになる。

この60年5月からの1ヶ月と、いまこれからの1ヶ月をどう比べ、そこからどう教訓を引き出すか、思案するのもだいじかもしれない。