東芝という会社

東芝という会社の歴史を調べてみた(主としてウィキペディア)。

初代田中久重(1799年 - 1881年)は、からくり人形「弓曳童子」や和時計「万年時計(万年自鳴鐘)」などを開発し、「からくり儀右衛門」として知られる。

その「からくり儀右衛門」が、明治8年に工場を創設する。ホオっという感じだ。出自は町工場みたいだ。

しかし、東芝の「会社概要」を見ると、決して純民間とはいえないことが分かる。

明治6年に田中久重は、工部省(当時の政府機関、産業の近代化を推進)から受注した電信機を開発していましたが、受注拡大に伴い、1875年(明治8年)東京・銀座に工場を創設しました。

この町工場が一気に姿を変えるのは、明治26年のことのようだ。まさに日清戦争たけなわだ。

工場は三井の傘下に入り、芝浦製作所と改称し、重電メーカーの道を歩み始める。

これがひとつの顔だ。

昭和14年、芝浦製作所はもうひとつの顔を持つようになる。それが家庭用電球の製造会社「白熱舎」との合併と東京芝浦電気への改称だ。子供の頃、電球といえばマツダと決まっていたが、それを作っていたのが白熱舎である。

つまり東芝には「からくり儀右衛門」以来の町工場的伝統、三井財閥の基幹企業としての強面の重電メーカーとしての顔、一般消費者を相手の弱電メーカーという三つの顔があることになる。

会社概要ではこう書かれている。

太平洋戦争などが激化する中、国家の要請に応え、軍事物資として無線機や真空管および動力源となる発電機など、急速に生産を伸ばしました。

つまり軍事産業として、戦争中に大儲けし急成長したたわけだ。


それで敗戦となって、財閥解体の波がやってくる。

しかし三井は解体されたが、どうも東芝の本体はこの波をうまくくぐり抜けたようだ。工場が一つ独立しただけで、本体は無傷で残された。

その結果、東芝は電機業界の最大手となり、石坂泰三・土光敏夫の黄金時代を築きあげる。これが昭和24年から昭和51年までの間続き、さらにその後も土光院制が続いた。

浜松町の駅の浜離宮側にどでかいビルが建ったのもこの頃(昭和59年)である。

きわめて間口の大きい経営体となり、高度成長の波にフラッグシップの一つとして乗った。家電部門は省略する。重電部門はあまり知らなかったので、いささか驚いている。

懐かしいところで言うと電気機関車EF58、EH10などが東芝製。

重電の目玉はなんといっても原子炉である。日本のトップメーカーとしてGEの沸騰水型原子炉をライセンス生産している。

ほかに地対空ミサイルを開発製造し、自衛隊の指揮システムの開発にも携わっている。

上位10社
       防衛省ホームページより

このあと、西暦に切り替える。(どうも平成には弱い)


その東芝が10年前、2005年からおかしくなる。つまり西田社長の就任からだ。「事業構造改革」で収益基盤を強化し、成長分野で新たな事業を立ち上げる「事業構造転換」を進めた。

レコード会社(EMI)を売却した。白熱灯の製造を中止し、HD/DVDからも撤退した。

銀座の東芝ビル、本社ビル(引き続きテナントとして入居)、梅田スカイビルを手放した。

携帯電話事業からも撤退し、半導体生産の主力工場も閉鎖した。ただハードディスクの生産は続けているようで、私もヨドバシの安売りで買った2テラの外付けハードディスクを持っている。

いっぽうで、「事業構造転換」の目玉として、世界有数の原発会社ウェスティングハウス社を買収した。


つまり、結果論としては「事業構造改革」と「事業構造転換」がみごとに裏目に出たことになる。その挙句の果てが「粉飾決算」ということになるわけで、それだけ見ていても事の本質はわからないだろう。


ニュース、からみ隊 というブログの東芝は三井財閥の中核企業 という記事が、ちょっと古いが(2011年10月)面白い。

要点だけ紹介しておくと、

東芝は三井財閥の中核企業。トヨタや新日鉄、三井造船やIHIなど、三井グループの中心を占めている。

国鉄がJRに移行した際に、東芝がJR貨物の電気機関車の…大量受注を獲得している。これには政治的配慮が大きく働いているのではないかと思う。それと言うのも、東芝の電気機関車は故障が多いから だ。
…今度は大規模貨物駅で使用される入換用電気式ディーゼル機関車の受注に成功した。 そもそも東芝には大型ディーゼルエンジン部門がない。それなのにJRで採用が決定したのは、どう考えてもおかしい。
郵政民営化でも、郵便物自動読み取り区分機を最も多く納入している。区分機に他社が参入するまでは、独占価格で納入していた。この東芝の区分機は故障が多く、しかも高い。
通信事業の自由化では、アメリカ方式の採用を迫り、実現した。東芝は通信機に弱い。そのためモトローラに参入させたが、ここの製品の性能は低い。(結局東芝は富士通に電話事業を譲り撤退した)

著者は最後にこうまとめている。

やはり最後は政治力ではない。製品を作るメーカーである以上、技術力が決め手になるのだ。

うちのテレビのレグザはそれほど悪くはないが…


ということでいくつかのことが分かった。ひとつは、東芝には表の顔と裏の顔があり、どうもことあるごとに裏の顔(官需タカリ)が透けて見えること。

殿様商売をやっていて、今ではかなり経営が傾いていて、「大胆な経営改革」をやったが、すべて裏目に出ているということ。

にもかかわらず、裏の商売がある以上、政府も潰す訳にはいかないだろうと、たかをくくっていること。

この期に及んで、まだメディアが「粉飾決算」と呼ぶのを回避しているのは、スポンサーとしての権威だけではない、裏の圧力があるのだろうと思う。

しかし、いずれ外圧が来る。それまで処理をもたついていれば、痛烈なしっぺ返しを食らうことは間違いないだろう。