脊索が先か神経管が先か

初歩的な疑問だが生物の分類はまず背骨のあるなしで分けられる。さらに無脊椎動物の中でも脊索があるものを脊椎動物の親戚に取り立てて、脊索動物という拡大枠組みを作る。

不謹慎な言い方をすれば、日本国に対する大日本帝国みたいなものだろう。

ただ脊椎と言い、脊索と言い支持組織である。それと神経組織とは本来親戚でもなんでもない。脊索が出来たからそれを利用して神経ネットワークが作られたのか、神経組織を保護するために支持組織が作られたのかが、どうも良く分からない。

脊椎動物は昆虫から進化したのか

脊椎動物は昆虫から進化したのか、それとも昆虫になりそこねた生物が独自の発展を遂げたのか、ここが分からない。

というより、教科書は昆虫から進化したと書いてある。だから「背腹軸逆転」という言葉が出てくるのだろう。

これだけ多様に分化し、現在に至るまで繁栄を遂げている昆虫が、どうしてさらなる進化を遂げなければならないのか、ここが分からない。むしろ進化論的には断絶を見なければならないのではないか。

脊椎動物は昆虫と拮抗しながら生きながらえたのではない。昆虫が地上で繁栄を謳歌している間に、脊椎動物は酸素も栄養も少ない海中で生きながらえ、やがて魚類としてまず発展し、ついでその一部が地上に進出してきたのだろう。

原索動物と昆虫との進化論的断絶を証明するには、さらにギボシムシの先祖的な生物を発見し観察しなければならないということになる。そしてついには昆虫と共通の祖先のところまで遡ることで、失われた環がとり戻されることになる。

なぜ魚が陸に上がって人間の祖先にならなければならなかったのか

この問題は、目下は手を着けていない。したがって根拠の無い与太話である。

脊椎動物は地上とは異なる厳しい状況への対応として出現してきたのだろうと思う。たとえば思いつくのは無重力への対応だ。地上ではしっかりと重力があるので天地の差は自ずから明らかだが、海中で浮いている状態の生物には、前後よりむしろ天地の方向が死活的に重要だ。

だからヒラムシのように原始的な生物でさえ上下の別は明瞭である。だから原索がどうだということではないが、何かの時にこの事が利いてくるかもしれない

もし脊椎が水中生活に適応して生まれた装置だとすれば、なぜそれは陸上に上がった後もそのまま生かされ続けたのだろうか。

私の推察するには、それは大型化に好都合であったからではないかと思う。昆虫の身体は革張りの木組みみたいなものだが、脊椎というキールが通された船なら大型化も可能で、先住者である昆虫と覇権を争うことも可能になる。さらにそれらを捕食することで、能率の良い栄養を確保することもできる。

歴史で言えば蒙古の遊牧の民が、優秀な武器により漢民族を征服した事実に例えられるかもしれない。