大脳辺縁系を調べていて、この説の提唱者がポール・マクリーン(Paul MacLean)という人だということが分かった。

それで、マクリーンを批判した文章を見つけた。鹿児島大の内山裕之さんという人で、雑誌の巻頭言らしい。題名は「科学に介入する“常識”」というものである。

“意識consciousness,自覚awareness,mind,soul などと呼んでいるもの”を研究する場合、…研究者としては,運動制御や感覚認知といったものからの非常に大きな質的飛躍に当惑する.

地動説や進化論のように科学と宗教あるいは「常識」の対立が顕在化しているような場合は,研究遂行の障害になりこそすれ科学そのものへの影響は比較的小さい.しかし,無自覚に影響されている場合は厄介である.

と、という前置きの後、マクリーンの批判が始まる。

筆者がその影響力を懸念しているのが,マクリーンの「三位一体脳」(triune brain)モデルである。

         マクリーンの概念図

マクリーン

マクリーンは大脳辺縁系だけでなく、そういうことも主張しているらしい。それで、三位一体説というものがどんなものかというと、

このモデルは,ヒトの脳の構造を,反射脳,情動脳,理性脳の3つの階層モデルで理解しようというものである.

脳は進化的に、反射脳,情動脳,理性脳の順に出現し,反射脳は爬虫類脳,情動脳は下等哺乳類脳,理性脳は高等哺乳類脳に対応する。

理性脳は大脳新皮質,情動脳は辺縁系,反射脳は大脳基底核に相当する。

脳の進化の階層性は当然承認するものであるが、辺縁系を強く押し出す根拠はこの形而上学的ドグマにあったのかと、初めて知った。

内山さんは、マクリーンの「情動的背景」に迫る。

本稿を書くに当たってMacLean の生い立ちを調べたところ,プロテスタントの一派である長老派教会の牧師を父に持っていたことが分かって意を強くした.

「三位一体」という用語や「本能のままに生きている動物」と「情動を克服できる理性を獲得したヒト」といった対立図式は、キリスト教的な倫理観,世界観を強く感じさせる。

そして「三位一体図式」が専門家に無批判に受容されているいくつかの実例を指摘する。

内山さんは、あらゆる脳科学上の知見から見て、この三位一体脳モデルがナンセンスなモデルであると断ずる。そして、新しい比較神経学の知見によって覆されていると強調する。

さらに、マクリーンの大脳辺縁系=情動脳というセオリーそのものも一刀両断にする。

海馬や帯状回の機能と、理性脳である「新皮質」の中でも特に高次とされる領野との密接な関係性が明らかになった。理性脳が情動脳の上位にあるとする三位一体脳モデルの妥当性は揺らいでいる.(すでに崩壊したというべきであろう)

最後に内山さんは皮肉たっぷりに締めくくる。

小惑星の衝突というたった一回の非常に偶然の出来事によって,ヒトや多くの哺乳類は地上に現れた。偶発によって地上に魂や知性が生み出されたことになる.

筆者には魂や知性がそのような偶然の産物であるとは到底思えないのであるが,このような考えも筆者自身の「常識」に束縛されたものなのかもしれない.


内山さんのマクリーン批判は必ずしもスッキリしたものではない。三位一体論とともに、生物の進化そのもの、その階層性まで否定するかのような傾向が見られるからである。

ただ、マクリーンの三位一体論→情動脳→大脳辺縁系というきわめて強引な論建てを、蹴っ飛ばしたという点では痛快である。