ということで、AIIBの評価に関わっていかなければならないのだが、その際に東アジア金融危機とアジア金融基金構想についておさらいをして置かなければならない。

東アジア金融危機は、一言で言えば、新自由主義という剥き出しの資本主義が、金融システムの未成熟な諸国で矛盾を噴出させた事象と言える。

なぜ金融危機という形で矛盾が表出したのか。それは米財務省・IMF・世銀というトロイカが金融自由化を煽り、途上国における金融の脆弱性に配慮しなかったためだ。

債務・株式スワップが導入され、債権そのものが取引の対象となり、投機の対象となった。これによりマクロ経済の小さな動きでも瞬時に増幅され、破壊的に作用するようになった。

途上国政府がさまざまな政策ツール(金利、通貨発行量、税制)を用いて介入しようとしたが、それらは市場原理に反する行為とされ、市場から排除されるようになった。

だから、資本収支(とくに短期資本)の悪化で未成熟な金融市場が撹乱されたとき、それはただちに無防備の中銀を直撃し、通貨危機をもたらした。政府も中銀もほとんど対応できないまま傷口を広げていった。

実はこれらの事態は、日本の大蔵省にとってはある程度予測されていた。7月にタイのバーツ危機が起き、そのわずか1か月後には省内でアジア通貨基金構想がまとめられている。

ギリギリまで発表されなかったのは、米国の干渉を避けるためだったとも考えられる。それほど衝撃的な内容だった。

1.参加予定国から米国が排除されている(日、中、韓、豪、香港,ASEAN5カ国)

2.「基本的にはIMFと協調するが,場合によっては独立して行動できる」との規定

米国はこれを日本によるクーデターと受け取った。連日のように強い圧力が加えられた。9月のアジア10カ国蔵相代理会議(香港)にはサマーズ副長官,フィッシャーIMF副専務理事が乗り込んで「オブザーバー」としてにらみを利かせた。

結果としてアジア通貨基金構想は流産した。しかしさらに日本は「新宮沢構想」を打ち出し、これがチェンマイ・イニシアチブへと結びついていく。

この演説で宮沢蔵相が述べたのが以下のセリフ。

<国際金融システムのあり方>
IMF・世銀のあり方を基本に立ち返って問いなおし,国際金融システムを再生させる時を迎えた。
短期的あるいは投機的な資本移動」が現在のシステムでは統制できない。ヘッジファンドなどの国際的な大規模な機関投資家に対する規制が必要になっている

<アジア危機とIMFの責任>
アジア危機は資本収支の急速な悪化から生じた。それは実体経済とは乖離したものだ。
市場経済のあり方にも,各国の歴史や文化,あるいは発展段階を反映して多様なものがありうる。対応については、タイミングや,社会的な影響等への配慮にもっと意を用いるべきだ。
にもかかわらず、IMFプログラムに、不必要かつ不適切な構造面でのコンディショナリティーを含め、途上国に性急に求めたこと(が,金融危機の原因である)。
それは「構造改革」計画(金融自由化)そのものの信頼性を損ねた。

堂々たる大演説である。

そして打ち出したのが、300億ドルの拠出。これで「短期及び中長期の資金支援」に当てようというものだ。


率直にいってここまでは良かった。

これから先は当初の位置づけからすれば、とてもうまく行っているとは思えない。

とくに先頭を切るべき日本がぐじゃぐじゃになって、理念を喪失しまったことが大きい。

理念とは何か、それは宮沢蔵相が言う如く、

1.新自由主義(金融自由化)の原理的否定

2.政府イニシアチブの尊重と擁護

3.投機資本の妄動に対する共同対処

4.実体経済の発展のための金融

といったあたりが柱になるのだろう。

しかしチェンマイ・イニシアチブはそれを入れるための受け皿とはならなかった。

IMFの指導の絶対、二国間に絞られたスワップでは目隠しされて猿轡を噛まされたようなものだ。

日本の没落、中国の台頭という地域内の力関係の変化もあった。しかし各国金融の安定的発展、これに基づく経済開発の促進という要望は依然として強烈なものがある。そしてそれこそが域内平和の礎である

やはり拠出型、多国間型の、ドルに縛られない相互支援機能を持つアジア通貨基金がどうしても必要だと思う。