口永良部島の噴火は、その写真に度肝を抜かれたが、煙ほど大したものではなさそうだ。

恥ずかしながら口永良部は知らなかった。沖永良部の隣りだろうくらいに思っていた。

屋久島からすぐとは思わなかった。結構人も住んでいるみたいだ。

ということになると、奄美の先の北緯27度線の沖永良部とどういう関係なのかと気になる。

ネットで調べて分かったのは、どうも薩摩の都合に合わせてつけられた名前らしいということだ。

1609年に薩摩が琉球に進出したとき、沖永良部島を薩摩領にした。それまでは琉球の影響下にあったらしい。ただ薩摩が島にあった文書をことごとく焼いてしまったために、詳細は不明とのことである。

当時から永良部島と呼ばれていたが、沖永良部と呼ばれるようになったのは明治以降らしい。

いずれにしても、屋久島のとなりと沖縄本島の近くに2つの永良部島があり、それを口、あるいは沖と頭に一字載せることで鑑別したもののようである。

なお沖永良部は珊瑚礁で出来た島で、火山はないそうだ。

酒飲み話の小ネタにでも…


ついでにもう一堀り

それで永良部なのだが、これはエラとブに分かれる。ブというのは民のことた。日本史で習った部民(べ・たみ)のことだ。

エラは浦のことだが、日本語と琉球方言では多少ニュアンスが違う。日本語のエラは海崖を形成している海岸であるが、琉球方言では崖は関係なく入江を指す。

永良は当て字であろうが、意外に全国に散布している。愛知県の伊良湖岬、北海道松前町江良、山口県阿武町の伊良尾山、大分県九重町恵良などがあげられる。

言われてみると、口永良部はいかにも日本語のエラだし、沖永良部はいかにも琉球方言のエラだ。(YAHOO知恵袋より)

なお沖永良部は沖縄ではイラブと発音するらしい。というよりも「エ」という母音がほとんど使われないようだ。

永良部シュンサミ」という歌があって、歌詞は以下のとおり。(ナイチャシュガシュガは「永良部百合の花」という別の歌)

永良部シュンサミ 節入りぬしゅらさ 永良部島ん人ぬ想い 想いやてる

ということは、もともとイラブだったのが薩摩藩が征服して以降、永良部に変えられた可能性もある。なぜなら屋久島のとなりに永良部島があるからだ。

とすれば、イラブ島は永良部島に変えられ、さらに沖永良部と余分な頭までつけられたことになる。

ただし、このことについて触れた文章はない。