2.インドネシアとASEANの教訓

もっとも注目の講演。

ASEANというよりも、インドネシアがスカルノ時代・スハルト時代・ポスト・スハルト時代という正反対みたいな動きの中で、どこが変わらずに引き継がれているのかということが、私の興味でした。

演者はイブラヒム・アルムタキという人で、肩書はハビビ・センターのASEAN研究プログラムという部門の責任者だそうです。ハビビというのはスハルトの後に大統領を務めた人だから、政府系のシンクタンクなのだろうと思います。

インドネシアの文献といえば、はるか昔にインドネシア共産党のアイジット議長の演説を読んで以来です。アイジットの論調とはかなり立場を異にしていることに留意しておく必要があります。

① アジア太平洋地域には信頼が欠如している。

ASEANが共同体に向けた最終段階に入っている一方で、東アジアとアジア太平洋地域は緊張と不安感の出現を目の当たりにしている。

のっけから挑発的な現状規定です。思わず身を乗り出すところです。

② 二つの事態が緊張を呼んでいる

ひとつは尖閣問題だ。中国は東シナ海のほぼ全域に防空識別圏を設定し、戦闘機によるパトロールを開始した。日本と米国は、この措置に公然と挑んだ。

これは、単純な判断ミスだけで大規模な衝突の口火が切られかねない、深刻な懸念を呼んでいる。

もう一つは、日本の新しい国家安全保障戦略(2013年)である。国防予算は10年ぶりに増加し、無人機、ステルス機、潜水艦、水陸両用車両の購入、上陸作戦部隊の創設を織り込んだ。

これに安部首相の好戦的・復古的姿勢が相乗し、深刻な懸念を呼んでいる。

この二つに加えて、北朝鮮の核問題、南シナ海での紛争も緊張を呼んでいる。

これらの事例は、私たちがアジア太平洋地域に平和の共同体を構築する上で、巨大な挑戦課題が待ち受けていることを示している。

実に良い表現ですね。

と、ここまでが前置き

③ かつてインドネシアは東南アジアの緊張の要因であった

まさかここから入って来るとは驚きでした。

東南アジアもかつて「信頼の欠如」に悩まされた。インドネシアはその主犯であった。

マレーシアとシンガポールに対して好戦的な軍事体制をとった。それに加え、軍事力を用いて西パプアと東チモールを併合した。インドネシアは拡張主義的傾向を持ち、地域のトラウマの主因であると見られていた。

しかし、こうした武力侵攻は国益追究の有効な手段にはならず、実際には国に害を及ぼした。

ここでアルムタキさんはインドネシアの歴史の教科書の一節を引用しています。

インドネシア(マレーシアではない)は、この事件で高い代償を払った。インドネシア経済は国際ボイコットの結果として瓦解し、侵略者と見られたインドネシアの国際的イメージは崩壊した。インドネシアはきわめて効果的に孤立させられ、後に国連を脱退した。

うーむ、ここまで厳しい反省をするのか。私のイメージとしてはマレーシアとインドネシアの覇権主義の衝突くらいに思っていましたが。

この厳正な事実は、次の結論に至らしめた。すなわち、ジャカルタと東南アジアの国々のお互いの国益を増進するには、平和的な共同体を構築することがより効果的な道であると。つまり、この地域の諸政府が外交上の懸念に気を取られないようにすれば、国内の平和と安定、発展の確保に集中できるということである。

④ スハルト政権における路線転換

この辺りの論理の筋道は若干眉唾なところもあります。その本音はその次の段落に述べられています。

東南アジアはソ連と中国による脅威だけではなく、国内の共産主義運動の脅威にも直面していた。総じて、冷戦体制の地政学的背景に牛耳られていた。

それを鑑みれば、互いの衝突をできるだけ控え、「国内の治安確保に集中する」ことが得策だという冷徹な判断でもあった。

それがSEATOとは一線を画す「スハルト」流のASEAN路線であったのでしょう。

本音はともかく、ASEAN路線は、国連を脱退するなど隘路に突き当たってしまったインドネシアが、国際関係へ復帰するための路線として受け止められているようです。

⑤ “First among Equals” 路線

これを訳者は「同輩中の首席」と訳しています。なかなかうまい訳ですが、その含みも押さえるとすれば、やはり英語をそのまま持ってきたほうがいいでしょう。

インドネシアは域内大国です。しかし現下の国際情勢のもとでそれを振りかざしても何の益もありません。全部足してもとるに足らないほどの力にしかなりません。まして兄貴風を吹かせて他の国との矛盾が拡大すれば、ますます強大国の思うままになってしまいます。

ここではグッと我慢して、Equals の一員として自らを位置づけなければなりません。ここが大東亜共栄圏の思想と全く違うところです。しかし誰かがイニシアチブをとらなければそもそも話が始まらないのですから、発起人とか世話役とか幹事とか音頭取りとか、いろんな言い方がありますが、相対的大国であるインドネシアが何らかの役割を発揮しなければなりません。

ではどんな役割なのか、それが“First among Equals”という形で示されているのです。ニュアンスとしては「兄貴分」というところでしょうか。

アルムタキさんは「兄貴分」というのがいかに辛い役回りであるかをるる説明していますが、これはとりあえず省略させてもらいます。

⑥ 多国間主義(マルティラテラリズム)と積み上げ主義

インドネシアの対ASEAN関係の基本形態は、ひとつは多国間主義であり、もうひとつは「規範に基づくアプローチ」である。これはASEAN全体にも受け入れられている。

これは、2つともこなれていない英語であり、専門家は平気で使うが素人にはさっぱりわからない言葉です。私の理解した範囲で説明すると、多国間主義はサシの会議をなるべく避け、平場の議論で合意を獲得していく志向です。だから「平場主義」というのがいいと思います。中国ではラウンドテーブル方式という言葉が良く使われ、6カ国協議がその典型です。

歩みはのろいのですが、少数意見がよく反映されます。合意された中身は確実です。何よりもいいのは、積み上げを通じてそこに一種の思想が形成されることです。だから合意はマキャベリズム的合意ではなく、関係諸国の相互信頼と前向きの姿勢を基盤とする、一種の思想的合意となっていきます。

しかし「会議は踊る」状態になっても困るので、毎度毎度しっかり議定書を作成し積み上げていく必要があります。これが「規範にもどづくアプローチ」であり、「尺取り虫型」の積み上げ方式といえるでしょう。この方式の良い所は各分野への応用が効くことです。外交関係は政治ばかりではなく、経済、金融など多岐にわたり本質的に重層的ですから、議定書積み上げ方式は長い目で見てもっとも有効だといえるでしょう。

⑦ ASEANは平和の枠組みではなく、地域の主権擁護の枠組み

平和はそれ自体が目標でもあるが、地域主権擁護のための手段でもあります。地域主権擁護の試みとしてはSEATOがありましたが、これは軍事同盟による地域の防衛という発想と結びついていました。それに対してASEANは、平和的手段によって地域の主権を守ろうというところに特徴があります。

1976年に締結された東南アジア友好協力条約(TAC)は、「外部の干渉を受けず、地域が自ら管理する地域秩序」を打ち出し、その組織原則とした。


この後も発言は続きますが、若干政府の宣伝みたいな文言が並ぶため省略します。