ということで、

羽田に2時間も逗留。お陰で前から読みきれずにいた「ヴィゴツキー入門」を一気に読破しました。

といっても、正確に言うと、読んだのは全8章のうち第2章と第3章のみ。後は発達論とか教育論であまり興味はないので省略。新書版でちょうど50ページ、4分の1です。

1.ヴィゴツキーの経歴と業績

理論に入る前に、ヴィゴツキーという人がどういう人かわかっておいたほうがいいと思う。

①ユダヤ人、ベラルーシ出身。つまり田舎の秀才ということ。

②モスクワ大学法学部卒だから、超エリート候補生だ。なぜこのような「脇道」にそれたか。二つ理由がある。一つは1917年、ロシア革命の年の卒業だ。ということは学生時代のほとんどが第一次世界大戦の真っ最中ということだ。日本で言えば安保世代ということになる。

③もう一つは、大学に入った後、かなり道を踏み外したからだ。文学・演劇に興味を持ち、ハムレットの分析などから心理学に興味をもつようになった。良くあるパターンだ。当然左翼化する。ただ革命運動に飛び込むまでには至らなかったようだ。良く言えばバランス感覚の持ち主だ。

④経歴の中で、ここがよく分からないところだが、大学卒業後、田舎に戻って中学の教師をしている。しかも7年間もだ。世の中は、革命が成立して、第一次大戦が終わって、そのまま白軍との長い内戦に入っている。この間に彼は相当心理学を勉強したようだ。

⑤7年後に満を持して論文を発表する。当時ソ連の心理学界を席巻していたパブロフ流の生理学的心理学を批判したものだ。これがバカ受けして、一躍時代の寵児となる。

⑥モスクワの心理学研究所に招かれたヴィゴツキーは、ピアジェの発達心理学に依拠して認識の心理学を展開。一躍、ソ連心理学の主流を形成するようになる。

⑦彼はその後、ピアジェの限界を批判しつつ、唯物論的な発達心理学を展開する。

と、ここまでが大体の経歴だ。

こちらは後日談になるが、ピアジェはヴィゴツキーによる批判をほとんど受け入れた(と柴田さんは言っている)

したがって、ピアジェの特に後半の理論は、ヴィゴツキーとの合作とも言える(この点については検証が必要)

これから先は私の感想になるが、これにさらにワロンが神経線維の髄鞘化仮説と周辺意識論を付加して、ピアジェの中の最後のフロイト残滓を一掃している。

もうひとつ感想、心理学思想の上でのヴィゴツキーの最大の業績は意識を大脳の働きの延長に据えつつ、意識の独自の構造を、その発展過程においてとらえたことだろう。

三木清に関するノートの中でも「心理学」の操作主義的に歪められた構築については触れておいた。

この時点ではDNAは影も形もない。CTもMRも、ポジトロンもない。しかし研究の方向は正しかったと確信する。

こんな背景を念頭に置きながら、論争の方に移っていきたい。