反ナチ「抵抗」考  ――グラス・ルーツ的視点

という星乃治彦さんの文章があって、そこに下記のように記載されていた。


東西ドイツの研究に共通していた傾向は、その党派性が強い故に、グラス・ルーツとして「反ファシズム」をとらえるという発想が弱いことであった。

戦後西ドイツは戦後体制の「反ファシズム」の源流を、白バラ運動や四四年七月二〇日ヒトラー暗殺事件に求め、そこに、西ドイツという国のアイデンティティが確認していた。

(東西ドイツという)党派性が強いドイツの歴史叙述の中で、(左右の)全体主義(に反対という)理論の影響の下、西ドイツでは、保守派や社会民主党系の抵抗運動は高く評価されるのに対して、ファシズムと同列に論じられることが多かったコミュニズムの抵抗運動は冷遇された。

一方、旧東ドイツの「反ファシズム」言説は、戦後東ドイツの支配政党となったコミュニスト政党―ドイツ社会主義統一党の、それも指導者たちの支配の正当性と、指導性の根拠とされた。

グラス・ルーツの抵抗行為は日陰の存在であったし、民衆を主体と見なさない姿勢は、東ドイツで民衆レヴェルでの「過去の克服」をも表面的なものにした。

うまく「四つ目表」の形でまとめられている。

そのとおりで、何も付け加えることはない。


と言いつつ付け加えるのだが、基本は東ドイツの総括だろうと思う。

西ドイツの対象とするは、何もかもがすべて起きてしまってからの、終わってしまってからの運動だ。

ニーメラーの言葉に尽きるように、共産党、社会民主党、労働組合が非合法化されたとき、もう抵抗運動の母体は失われていたのである。

むしろ終戦間際の敗勢を背景とした厭戦運動に括られるべきものと言ってもいい。

基本的には的はずれだ。

第二に成功した抵抗闘争においては、フランス、イタリア、ユーゴ、ギリシャなど、どこでも共産党が主体をなしていた。それがドイツに限ってなぜ排除されなければならないのか、それは実態と乖離しているのではないか、という疑問だ。

第三に、上の疑問とも関連するのだが、抵抗運動に関わって犠牲となった人の名前を党派別に並べて見てはどうか、という疑問というか提起だ。多分圧倒的に共産党系の人々が多いのではないかと想像する。

ということで、東ドイツ側の総括を基本的に踏襲しつつ、

1.指導者の支配の正当性に収斂させる議論を打破すること

2.グラス・ルーツの抵抗行為にもっと光を当てること

3.ファシズムの災厄を世界にもたらした国の国民であるという事実を、もっと深刻に受け止めること

という3つの提起を受けて、さらに実証的研究を積み上げることが必要なのだろう。


ナチス関係の記事は下記の通り