ドイツにおける反ナチス抵抗運動について、ネットで少しあたってみたが、白バラとヒトラー暗殺未遂事件を除けば、正直のところ、さほどのものはない。
戦前の日本と比べて当時のドイツの共産党の勢いは大変なものであった。それだけの活動家がいたなら、多少の抵抗運動はむしろあって当然である。
あえて誤解を恐れずに言えば、それは共産党壊滅後の個別の抵抗運動を落ち穂拾いのように集めていく作業のようにも思われる。
それはそれとして、今後の教訓にもつながってくわけであるから、大変貴重な仕事ではある。我々も少ないとはいえ絶対主義天皇制と闘った人々を掘り起こし、顕彰し、闘いの糧としなければならない。

しかし、運動プロパーの視点からは、ヒトラーに対するドイツ共産党のあっけなくも無残な敗北に、そして、それをもたらした市民社会からの孤立ぶりにどうしても目が行ってしまう。
たしかに社会民主党政権に取って代わるべく、共産党はナチスと肩を並べていた。しかしナチスと肩を並べても仕方ないのであって、その背後にいる巨大な権力と比べればはるかに見劣りしていたのだ。その巨大な権力の、ナチスは手先に過ぎなかったのだ。そこが分からなかったのではないか。
そしてそれは大阪の橋下旋風とどうしてもイメージがかぶる。知事・市長当選前後の橋下・維新の動きは、ヒトラーのそれと酷似している。
しかし大阪は、堺市長選挙、4月の一斉地方選をもって、維新攻撃を跳ね返した。そして最後には住民投票をもって、完膚なきまでに小ヒトラーを粉砕した。
その総括はいろいろ出されているが、もう少し世界史的に振りかぶってみてもいいのではないか。そしてそれは明日からの安倍ファシスト政権との闘いにも貴重な教訓をもたらすのではないか。

ファシズムやナチズムの定義をしっかりやらずに、橋下や安倍をファシスト呼ばわりするのには問題がある。このことは重々承知の上で、あえてファシストという。

1933年のヒトラーと、独ソ協定締結時のヒトラーと、ポーランド→ソ連侵攻時のヒトラーとは明らかに違う、というか日和見主義とオポチュニズムがヒトラーの真骨頂であり、どれもナチズムなのだ。

そして1933年初頭におけるヒトラー・ゲーリングのやり口は、橋下・安倍のやり口と9割以上合致している。