戦争というのは20世紀の二度の大戦以来、総力戦と相場が決まっている。個々の戦闘が限定的であっても、思想としての総力戦に変わりはない。国民はすべて軍事力・戦闘力として換算され、撃滅の対象となる。時には赤十字や国連すらも敵の手先と認識されるのである。
ここで第二次大戦中の民間商船の撃沈を例示しておきたい。
minkanshousen

mototchenさんの文章から転載させていただく。


撃沈された船数およそ2500隻。戦死した船員6万人。これは、太平洋戦争で軍需輸送のために徴用された日本の民間商船の被害である。一般船員の死亡率は43%で、海軍軍人の2倍以上にのぼった。

日本は開戦直前には既に海上輸送体制は破綻している状態で、そのまま対米開戦に踏み切ることになりました。日本の輸送船の所要船腹は、新聞記事によれば本来なら最低でも1000万トン以上、あるいは1500万トンか2000万トンが必要という状態でしたが、現実には日本は600万トンの船腹しか整備できない状態で戦争に突入することになります(そして、そのわずか600万トンの輸送船も戦争により次々喪失し、海上輸送体制が完全に崩壊していくことになるのは、よく知られている話です)

後方支援に徹すると言っても、武器弾薬を前線に届けるのは、直接戦闘行為ととられて当然である。私が敵軍の司令官だったら当然撃ち落とすだろう。輸送担当国は敵国と見なし、その国の人間は敵国人とみなすだろう。これはテロではなく戦闘行為である。

あとは敵国人を殺傷するのにどれほどの手段を持っているかというだけの話だ。