1.偉そうですが…

ネットで視床とか視床下部を検索すると、とにかく名詞が洪水のように溢れ出てくる。ちょっと退いてしまうのだが、原理的にはそれほど難しい臓器ではない。

しかもかなりその役割は細かいところまで明らかになっているので、小脳のように群盲象を撫でるほどの趣はない。

文章が雑然としているのは、著作者に大づかみな把握ができていないだけだと思う。

2.動物は脳を持つ生命体

まず、繰り返しになるが、動物の基本的特徴をあげておこう。

動物の本質は動くことだ。それは移動することであり、移動した先々で補食し、食われないようにすることにある。そして生命の根幹には植物と同様のメカニズムが働いているということである。

動くことは神経なしには不可能だ。だから動物というのは脳を持つ生命体だということもできる。

脳は①感覚を統合し、②判断し、③命令を発し、全身の臓器を動かす。脳は④欲望し、生命に目的を与える。

ここまでは、ミジンコから人間に至る共通の脳の働きだ。ただし④については、少し吟味が必要だろうと思う。

人間の脳で見ていくと①、②、③については中脳以下のレベルでこなしている。イロイロ意見もあろうと思うが、小脳もその流れの延長にあるといえる。

④については、どうも良くわからない。本質的には具備していると見るべきだろうが、それが独自の部位に局在しているかについてはなんとも言えない。

例えば蜂とかアリとかは、DNAのプログラムがモロに動かしているのかもしれない。

3.間脳は奥の院

とにかく、動物としての基本的な生命活動は中脳(橋と古い小脳部分をふくむ)で完結する。

それを支えるのが植物神経で、生命体としてのまとまり、とくにロジスティクスを束ねているのではないか。

脳幹網様体と言われるのがそれで、のちにそれを間脳が担うようになったのではないか。事実、かなり脳幹網様体と間脳の役割は重複している。

4.どこかで中脳以下と間脳の地位が逆転した

当初は控えめな支え役だったはずの間脳は、脳幹網様体と一体化することで、中脳以下の独自情報を集中させ、ひいては中脳以下に命令を出すようになる。

どこかでこの逆転が起こっているのだろうと思う。感情などなくても動物は外界に反応して動く。しかし間脳が支配するようになると、動物は外界に反応するだけではなく、間脳(感情)にも反応して行動するようになる。

動物は植物であることを拒否して動物になったのに、ふたたび植物的なものに支配されるようになった。だとすれば皮肉なことではあるが、より安定した営みを展開するには、それは必然であったかもしれない。

5.どこかで再逆転が起こるだろう

しかしこのような間脳に由来する原始的感情にのみ従って、人間は生きていくことはできない。

このような原始感情を、時には受け入れ、時には拒否しつつ、感情に支配されない、自由と自立の世界を作り上げてきたのが人間であろう。(最後はむりやりのオチでした)