地方選挙は「敵なし総括」になりがちだ。
共産党の躍進はたしかに素晴らしい。
一方において、それは階級対立の先鋭化を意味する事を忘れてはならない。それは階級対立が地方政治のレベルにまで波及し、抜き差しならないものとなりつつあることの証でもある。
ヒトラーが政権をとる選挙で、ドイツ共産党も躍進した。社会は不寛容となり、中道派の存在を許さなくなった。
そして共産党は潰され、党員は収容所に送られ殺された。人々はそのことには無関心だった。民主主義を捨てることをためらわなくなった。世界は第二次大戦へとまっしぐらに進むことになった。
今回の選挙の象徴となったのは、自民党の選挙ポスターだろう。右上を向く安倍晋三のアップ顔のポスターである。自民党は自らのイメージをこの顔に重ね、国民にこの顔を支持するよう呼びかけた。
まさかと思ったが、それで「前進」したのである。国民はこの顔に「好感」を持つに至ったのである。
自民党というのは「旦那衆」の党である。本来こんな顔ではなかったはずだ。この顔は良識ある日本人が最も嫌悪する顔ではなかったのか。どうしてこの顔を、居丈高で、平気で嘘をつくこの顔を、「日本国民」は好きになってしまったのだろう。
わたしは飯を食う時にはテレビを見る。民放のクイズ番組やバラエティは見ないでNHKを見ることが多い。受信料払っているからには見ないともったいないからでもある。
しかしニュースで安部首相が移った途端にチャンネルは変える。そうしないと飯がまずくなる。ニュース解説とかNHK解説委員が出てきたら、たとえ他の家族が見ていようと切る。そうしないとアドレナリンがムラムラと湧いてくるからだ。
むかし学生時代に、朝日新聞を読むたびに腹を立てていたのと似ていなくもない。植村さんの支援運動にもちょっと複雑な思いは頭をかすめる。しかし事態ははるかに深刻だと思う。