生命誌ジャーナルというサイトに近藤宣昭さんの「年を刻む冬眠物質」という文章がある。近藤さんは岩波新書で「冬眠」という本を出している斯界の第一人者のようです。

入門書なので、やや独断的な表現もあるが、間違いなさそうなところを拾っていきます。

1.本来、哺乳類は低体温では生きていけない

哺乳類は体温が37℃付近でほぼ一定に保たれる恒温動物であり、そこから大きく外れると、組織や細胞が致命的な傷害を受ける。

ヒトの場合、体温が30℃程度まで下がると、低温傷害を起こして短時間で凍死してしまう。

これは、細胞を構成するタンパク質の至適温度の範囲が狭いためである。

2.シマリスの冬眠中の変化

シマリス

冬眠中、彼らの心臓の拍動や呼吸は極度に抑えられ、代謝は通常の50分の1以下になる。外見は凍死している状態と変わらない。

しかし、体内では生命の営みがゆったりと進行している。

3.秘密は心筋細胞にある そのA

シマリスが低体温になっても死なないのは、心臓が死なないからである。ウィキペディアの説明はわかりにくいので省略したが、ここで心臓が収縮するメカニズムについて説明しよう。

心臓が動くというのは、心筋を構成する心筋細胞が規則的に収縮するということだ。これにはエネルギーが要る。それがATPという物質だ。途中は省略するが、ブドウ糖が燃えてできたエネルギーを使って心臓を動かす。

ただATPが直接心筋を収縮させるのではなく、ちょっとしたバネ仕掛けが有る。ATPがバネをいっぱいに曲げておいて、カルシウムの信号で一気にその力を爆発させるのだ。

心筋収縮

あまりいい図ではないが、左側の細胞を見てほしい。基本は心筋細胞内のカルシウムはゼロだ。そこで細胞膜のカルシウムチャンネルを開くと、どっとカルシウムイオンが入ってくる。これで新筋繊維は一気に収縮する。それが終わると、ATPase が一生懸命カルシウムを細胞外に掻きだすのだ。

心筋細胞のエネルギーはこの時に使われる。もし掻き出さないでいれば、細胞内はカルシウムイオンが過剰になり、心筋は動かなくなる。

4.秘密は心筋細胞にある そのB

シマリスが冬眠する時、カルシウム・チャンネルは閉鎖されてしまう。普通ならこれで一巻の終わりだ。

ところがシマリスは内蔵電池を持っている。要するに非常用の電源だ。それが小胞体という細胞内器官だ。

このなかにカルシウムイオンを貯めこんであるから、倹約しながら使えば生き長らえることが出来るわけだ。

パソコンで言えば、バッテリーモードとか省エネモードということになる。

5.秘密は心筋細胞にある そのC

面白いのは、この「小胞体」という器官は人間の心筋細胞にもあるということだ。

この現象は、冬眠動物だけの特殊なしくみによるものではなく、すべての哺乳類の心筋にそなわっている機能を調整したものであることもわかった。つまり、ヒトでも同様の性質を獲得する可能性があるということである。

じつは、心臓屋のあいだではこれはつとに知られた現象である。心筋スタンと呼ばれているが、心筋梗塞の起きた瞬間に局所の心筋が仮死状態になって、動かなくなってしまうのだ。

心筋梗塞は、(すべてではないが)川上で出来た血栓が川下で詰まることで起きる。その血栓はしばらくすると溶けることがある。

溶けた頃になって心筋も眠りからさめて、何事もなかったかのように動き始める。こういうケースが実際にあるのだ。脳梗塞でも同じような現象があると聞いたことがある。

6.冬眠特異的タンパク質(Hibernation specific protein)

話は、むしろこれからが本番だ。

たしかに心筋は生命維持に決定的なカギを握る。しかし他の臓器だって、究極的には同じだろう。脳も腎臓や肝臓も同じように眠ってもらわなければ困るのである。

そこで登場するのが「冬眠特異的タンパク質」だ。

シマリスの血液で、年周期に合わせて増減する物質を探したら、あったのだ。それが冬眠特異的タンパク質(Hibernation specific protein: HP)複合体である。

その中身については専門的になりすぎるので省略する(本当は分からないから…)

このHPの血中濃度は、実は冬眠期には減少する。ということはどこかに集積していることになる。それが脳だった。

冬眠時期になると、血中濃度の低下に逆行して脳内濃度が増加し、冬眠が最も深くなる中期には非冬眠時期の50倍近くにも達していた。

HP

ということで、それを模式図にしたのが上の図である。これは近藤さんの業績のようで、自慢の図である。

私の場合、冬眠という生体現象をシステム全体として追ったからこそHPに辿り着いた。全体を見る視点だからこそ、見かけの現象や個別の解析からは想像できない本質にアプローチできたのである。今、自信をもってそう言うことができる。

と、鼻をヒクヒクさせている。


生命誌ジャーナルというのはJT(日本タバコ専売公社)のPR誌のようです。私のタバコ代がこういうことにも使われているということで、逆風厳しき折、ご同慶の至です。