アグネス・ヘラーがハンナ・アーレントを批判

彼女のポストからすると、かなり言いにくいことのはずだが、言ってしまうんですね。

『人権について オックスフォード・アムネスティ・レクチャーズ』に収録されているアグネス・ヘラーの講義録「自然法の限界と邪悪のパラドックス」より

抜粋(HODGE’S PARROT)からの抜粋

1.邪悪は悪とは質が違う

「邪悪」は「悪」(道徳的に悪いこと)とは質的に異なるのです。

その質的な違いが際立ってきたのは現代になってからです。

悪人は不正義を忍ぶよりも、不正義をおかすことを選びます。彼は自分だけを例外とするのです。

とはいえ悪事を“正しい”といいくるめる原理を発明するわけではありません。悪人は妬みなどの情念に屈し、臆病な態度でふるまいます。

それでも彼は良心の呵責を感じることはできますし、すっかり取り乱して悔恨の情に身を委ねることもあるでしょう。

邪悪は、もっと高度な悪です。

それは精巧で一貫した「自己正当化の体系」(イデオロギー)によって成り立っています。

邪悪は、もっと高度な社会にだけ存在する悪です。人々に行動規範を選択する自由があるときにだけ、邪悪が存在するのです。それがないところでは悪行はありえますが邪悪は存在しえません。(ヘラーはカントの「格率」という用語を用いているが、分かりにくいので「行動規範」と置き換えている)

邪悪はみずから間違ったことをするわけではありません。それは邪悪を正しいといいくるめて他人を悪事に誘い込むのです。

プラトンの著作に登場するトラシュマコスやカリクレスが悪魔的なのは、彼らが悪人だからではありません。人間の善悪を区別する能力を台無しにするような行動規範を唱えるからです。彼らは間違った行動規範を正しいと見せかける強力な主張を持っています。

カントが指摘したように、邪悪は悪ではありません。邪悪は個々の人物のもつ願望や弱さに宿るのではなく、邪悪な行動規範のうちに宿るのです

2.現代における邪悪

伝統的な道徳が衰退した現代では、邪悪な行動規範はたやすく優位を占めます。

とくに全体主義は邪悪な行動規範に道徳的基礎をおきます。全体主義体制においては、「どこにでもいる人」を引き込んでいく言説が創造されますが、その基礎は、こうした邪悪な行動規範がかたちづくっているのです。

その結果、全体主義の言語を市民が話すようになり、一年前ならまず受け入れなかった行為が当然と思われるようになります。

こうした言説が、人々の「まったくその人らしからぬもの」への支持を取り付け、自分の内に取り込むのです。

このような過程を経ないとすれば、誰が自分の親を警察に密告したり、絶対に身に覚えのない罪を自白したりする義務があると思うようになるのでしょうか。

3.生来の邪悪と追随者の邪悪

全体主義が崩壊した今は、生来邪悪な者と二次感染によって邪悪になった者とを区別するのはさほどむずかしいことではなくなっています。

「生来邪悪な者」は、邪悪の行動規範を創造して、ほかの多くの人々に自分たちの原理を押しつけ、彼らの良心を磨耗させます。

「生来邪悪な者」は誤ちを認めません。みずからの原理の破綻や失敗を追随者の弱さのせいにしてしまうからです。

一方、「二次感染によって邪悪になった者」たちは、困惑し、自分の過去を書き換えようとします。彼らは、自分が手を染めた邪悪な行為を忘れてしまいます。そして、こうむった邪悪の数々だけを覚えています。

4.ハンナ・アーレントの誤ち

とにかく、こうやって、至極あっさりと、追随者たちは全体主義的自己の殻を脱ぎ捨てることができるのです。

ハンナ・アーレントにとって、邪悪が陳腐なもののように映るのは、こういう事情があるからです。

しかし、邪悪は陳腐なものとはいえません。

邪悪な者たちは、その権力基盤が崩壊してしまえば陳腐になるかもしれません。たとえそうであったとしても、流行病が去ったからといって、魂はそれだけでは癒されません。

絶望的なほど陳腐な魂は、罪の意識を感じることすらないのです。

彼らは負け馬に賭けてしまったことを悔いるだけで、良心の痛みや悔恨のために苦しむことはほとんどありません。

邪悪の行動規範は今も身近にあります。選ぶべき行動規範があり、行動規範を選ぶ自由があるうちは、邪悪の行動規範もつねに存在するのです。


「人間は考える葦である」という言葉をついおもいだしてしまいます。

デカルトが「我おもう、ゆえに我あり」というデカルトの宣言に対して、「そうばっかりじゃないよ」と批判した言葉らしいのですが、ネガティブにもポジティブにも二面に捉えられます。

たしかに人間は考えるけど「考える葦」にすぎないというふうにも取れますし、「葦」に過ぎないけど考えるし、それなりに抗うんだ、というようにも取れます。

願わくは、勁草(強き草)とならんことを…

アーレントについては下記をご参照ください。