アグネス・ヘラーは著書「マルクスの欲求理論」の冒頭にこう書いている。

マルクスは彼の経済学研究における独創性を3つ挙げている。

1.労働者は資本家に労働ではなく労働力を売っている

2.剰余価値が本質で、利潤・利子・地代はその現象形態にすぎない

3.価値・交換価値の根底にある使用価値。価値の「意味」の発見。

彼女がこの言葉をどこから引っ張ってきたかは書かれていない。ひょっとすると彼女の創作かもしれない。

しかし、それはそれとして十分検討に値するものだ。

1.と2.は古典経済学から彼が引き継ぎ、発展させたものである。しかしそれらは3.の発見がなければ生み出されなかったものだ。

使用価値の価値たる所以は、「その特性によってな何らかの種類の人間の欲求を満足させる」ことにある。

経済学は人間の欲求をもとにしているが、「なぜ人間は欲求するのか、どう人間は欲求するのか」というのは、およそ経済学(エコノミクス)にふさわしくない哲学的・倫理学的概念である。

それを金銭づくの世界にヌッとつきだして、この得体の知れないものを含んだ広い意味での経済学を構築しようというのが、マルクスの構想だ。

人間には、自らの身を労働力として売ってまでも手に入れたい欲望というものがあるのである。

それによって資本主義経済が回っていくのである。

おそらくヘラーはそういう視点の突き出し方をしたかったのではないか。


ヘラーはルカーチの弟子で、ブタペスト大学で彼の助手を勤めた人である。

私は最近、マルクス価値転形論に対するウィーン学派の批判、さらに社会主義計算論争という二つの議論が第一次世界大戦前後のウィーンで起きていて、それにハンガリーの活動家が少なからず関わり、その双璧がポランニーとルカーチだという構図を考えている。

その中で限界効用を考えるにしても価値の実現を考えるにしても、人間の欲望という問題を抜きにしては論じられないと思う。

そもそもマルクスはそこから出発したのではないか。


率直にいって、ヘラーの本はそのような期待にこたえるほどの中身にはなっていない。ただ問題意識があちこちに振りまかれている。

もう何十年も放り投げてあった本を取り出して、読みだしているが、年寄りにはなかなかつらい作業である。