反復練習のことを学問的には「運動スキル学習」というのだそうだ。

橋本圭子「運動スキル学習に関する考察 -脳内経路の変化と記憶の固定をめぐって-」(新潟工科大学紀要 平成 19 年)というPDFファイルを見つけたので、紹介しておく。

論文の趣旨は記憶の固定、とくに睡眠の効果にあるようだが、そこは割愛させて頂いて、序論部分だけお借りする。


1.記憶の種類

記憶は手続き記憶宣言的記憶に区別できる。

宣言的記憶とは「ことばやイメージで表現することのできる,事実に関する記憶」である。(言語的記憶といったほうが分かりやすいかな)

手続き記憶とは「一定の認知活動や行動に組み込まれている記憶」である。(とすれば、こちらは非言語的記憶だ)

運動スキル学習は手続き記憶に分類される.

手続き記憶は,ことばで表現しにくいが行為として記憶され,行為として表現される記憶、すなわち技能(スキル)の記憶である。

宣言的記憶には内側側頭葉,特に海馬が関与する。いっぽう手続き記憶は海馬に依存しない。(どこに記憶されるのかは述べられていない)

したがってそれぞれ独立に記憶障害が起こり得る。(ということは前頭・側頭葉型認知症になっても体は動くということだ)

手続き記憶はさらに,認知的なもの(認知スキル)と運動に基づくもの(運動スキル)に分類される。

認知スキルが障害されれば、読み書きや計算などが困難となる。(認知スキルの障害はゲルストマンと関係しており興味をそそるが、ここではそれ以上の説明はない)

運動スキルが落ちれば自転車の乗り方,泳ぎ方,機器操作など身体運動を伴うスキルが困難となる。


2.運動スキルの学習に伴う変容

運動スキルは,我々の日常生活における様々な場面に存在する.

運動スキル学習には幾つかの特性がある.

とくに重要なのは、熟練したスキルでは、実行しているときの神経系の経路がそれ以前とは変わってくることである。

スキル学習においては,習熟前と習熟後で行為を支える神経ネットワークが異なる。点字使用者や弦楽器の演奏家ではスキルに関わる指の体性感覚皮質が広いことが知られている。動物実験においてもトレーニングによって身体部分の感覚運動投射野が拡大する。

ホムンクルス地図: 指が大きくなる(指の感覚野が広がる)

これらについては、PETあるいはf MRI を用いた検討が行われている。

それによると、

小脳は課題実行中に活性化する。特に未習熟のスキルを実行するときに活発となる。前頭前野前運動野外側部は新課題の学習中にのみ活性化する。逆に補足運動野一次運動野は習熟したスキルの実行時に活性化する.被殻対側運動皮質などはいずれの場合にも血流が増加する。

3.短期学習と長期学習

スキル習得には短期と長期の二層の学習がある。鏡映文字の読みの訓練を行うと、開始後間もなく,右頭頂の上部(視覚的・空間的処理に関わる領域)が活性化する。

習熟後には頭頂葉の活性化は減退し、これに代わり左下側頭領域(オブジェクト認知に関わる領域)が活性化する。

スキル習熟前は「鏡映文字を空間的に変換しながら読む」という努力を要する作業であったものが,習熟後は左右反転文字を文字として想起するようになったものと考えられる。