反復練習と脳機能を考えているうちに、小脳って一体何なんだというのがわからなくなった。
ウィキペディアで「小脳」を見ると頭が混乱する。解剖学があまりにも複雑だ。めまいがしてくる。
機能も多彩で、なんでもあるが、それは一応大脳にもすべて揃っている。決定的なものはないような気もする。
むかしお相撲で「ワザのデパート」という力士がいた。でも小結どまりだったような気がする。「器用貧乏」という言葉もある。
うちのカミさんが脊髄小脳変性症だ。たしかに小脳がやられると大変なことになる。それは分かるのだが、なにか決定的なものと言われると、平衡失調・空間失調・構音障害などがあるが、大脳基底核の障害に比べればオール・オア・ナッシングというものではない。歩けないのはむしろ脊髄障害の徴候のようだ。
解剖学的にも変な臓器だ。裏表がひっくり返っている。まったく違う形態のものが一塊になっている。
発生学的に見ても主流ではない。主流でないのにどんどん発達している。草が成長して花を咲かせ実をつける、というのが発達だとするならば、大脳が花であり実なのだが、小脳は徒花というか変なところに盛り上がったコブのようにも見える。
ウィキペディアには、この「なぜ」という問いに対する答えがない。
とりあえずいま考えているのは、非常電源というか、大脳がやられた時のスペアーなのではないかということである。あるいは大脳に対するフィードバック装置なのかもしれない。

まだ私の勉強は言語のところまで入っていないので、断言はできないが、大脳は視覚と聴覚を主体として感覚臓器の情報の集結点であり、それらを基礎に行動する。もちろん体感覚も上り下り対で行っているから、小脳なしでも行動は可能である。
一方、小脳には視覚は行っていないから(多分)、基本的には体感覚を頼りに判断し指示出しをしていることになっているのだろうと思う。
そうなると、忘年会の余興でやる二人羽織みたいな関係が生じる。顔を出している上の人が「はい次は右手を上げて」というと、下の人が右手を上げる、という具合だ。
nininbaori

だとすれば、なんで大脳が直接筋肉に命令を出さないのか、そのほうがよほどかんたんなはずなのに、と思う。
そういえば、学生時代に大脳と小脳の接続回路を切断するとどうなるか、みたいなことを習った記憶があるが、その内容が思い出せない。
これ以上書く前に、少し勉強だ。