前の文章で、反復練習が「上がり」の克服に役立つ可能性とそのメカニズムについて考えた。

ただもう少し局所的に、反復練習による技能獲得そのもののメカニズムについて考察する必要があるだろう。

ネットで関連文献を探したところ、

反復練習のメカニズム」という文章があった。

ベース弾きこでら君 のそば日記、ピアノ日記

の一部で、ちょっと独特の雰囲気で語っている。

小学生のソフトボールを指導することになった、にわかコーチのための部屋。…あたしは野球やったことないけど。

と書いてあるから、まったくの素人の学習ノート。こちらもお気楽に付きあわせていただく。

体に投球を覚えさせるということは、次の2つの内容なのだそうだ。

 A)大脳に正解パターンを刻み込む。
 B)小脳に身体モデルを構築する。

つまり投げるのは大脳であって、小脳はそのための身体モデルを形成する装置というわけだ。

ここで言う大脳は、「べし中枢」ではなくて、おそらくは頭頂葉の連合野(視覚と体感覚の)だろう。

「べし」の命令を出す大脳前頭葉ではなく、運動を視覚から体感覚に変換するセンターであり、先ほどのトリアードから言うと実行センターの一部を形成することになる。

したがって、練習は

 1)正解パターンを繰り返し、大脳に正解パターンを刻み込む。
 2)更に繰り返すことで、小脳に身体のモデルを構築する。

ということになるのだそうだ。パターンというのは平面的(あるいは立体的な)な絵柄ではなく、時系列的な絵柄の連続であろう。昔の大相撲のテレビでやっていた分解写真みたいなものだ。

うーむ、これだけではさすがに説明が足らないな。


次は マンドリンプレイヤー 石橋敬三 さんのページから

「上達の心理術③ ~反復練習の罠~」 という文章

 練習の過程で、ある部分のフレーズを繰り返し練習することがあります。なぜでしょう。

①指に動きを完全に覚え込ませるため

②苦手なフレーズを繰り返し練習して自信をつけるため

などが理由です。

 しかし繰り返し練習しているにも関わらず、ミスの確率が減らない人もいます。なぜこんな事が起こるのでしょうか。

それは反復練習の目的が間違っているからです。

反復練習で得たいものは繰り返しミスをすることでしょうか?

いや、違います。繰り返し成功することです。
逆に練習におけるミスの連続は、自信を失う事になりかねません。こんな状態に陥ったら、一刻も早く練習をやめるべきです。


これは、“小寺くん”の言う「正解パターンを繰り返し、大脳に正解パターンを刻み込む」に相当する。

つまり反復訓練は、まずもって頭頂葉を鍛えることにあるということだ。そして正解(成功)パターンを繰り返し刷り込むことだと分かる。

もっと率直に反復訓練に警鐘を鳴らしている文章があった。

LCMACというリハ関係のサイトの文章で「がむしゃらにする反復練習はおすすめしません」という題名。

正直、これはお説教調で、エヴィデンスに乏しい。行動パターンを刷り込むには一定の反復が必要だという、根本のところを忘れている。「がむしゃらにする反復練習」という架空の敵を作って、それを攻撃している感が否めない。

端的に言って、プレーヤーと比べて本気じゃないんですね。

次は snowboard.com に載っていた「反復練習の怖さ」という文章で、変な癖を身につけてしまった時にどう矯正して行ったら良いかが語られている。

まず、できる限り、普段から多くのスノーボード・ビデオを見るようにしたらいい。

自分がカッコ良いと思うスノーボーディングや、世界でトップと言われている存在の映像作品をたくさん見ること。

すると、何がカッコ良いのか、というセンスを補うことができる。スノーボーダーとしての目を肥やすのだ。

体育会系の人の言うことは、根拠は曖昧だが迫力はある。これは頭頂葉の正解イメージ訓練がかなり視覚に依存していることを示す。技というのは視覚(動態視覚)と密接に関係していることが示唆される。


以上のような事柄は、多分脳科学上も解析されているのではないかと思われる。いずれそちらの文献もあたってみることにしよう。


「上がり」の話に戻るが、「テニス上達グッズ専門店 テニサポのブログ」から

錦織選手の活躍を引き出した反復練習の効果とは?という記事。

錦織選手が大活躍をした要因の一つは、マイケル・チャンコーチが行った反復練習にあります。

錦織選手は、彼から多くの技術的なアドバイスを受けたのですが、
それを身に付けるために球出しによる反復演習を徹底的におこないました。

というから、これは巨人の星の世界。

勝負を決めるような大切なポイントでは、思考の罠 にかかる前に体が動くことがもとめられます。それには基本の反復練習が効果的です。基本となる動作を何回も繰り返すことで、自然と体が動くようになります。

同じ場所に出されたボールを 繰り返し、同じフォームで打ち続けようとする練習です。 

これは外野席からの一批評にすぎないので、判断しづらいが、新たな技術の習得ばかりではなく、基本パターンの強化が常に必要だということなのだということだろうと思う。

修羅場になって生きる技術は、むしろこちらの方だという提起なのだろう。ただ思考の罠 (なかなか魅力的な言葉だ) というのが、前頭葉がらみの話か、頭頂葉レベルなのかがはっきりしない。

基本練習というのはあまり視覚が関係していないようだから、小脳に特化した訓練なのかもしれない

人の前でしゃべるときは、「何をしゃべろうか」ではなく、「どうしゃべろうか」に集中する。すなわち、顔を上にあげて、聴衆の目を見て、しっかり口を開いて、ゆっくりとしゃべることを徹底すべきだということかもしれない。