「上がり症なので」というのはよくある話。私も満座の前で話せば、アドレナリンがどくどくと出てきて、しまいには前が見えなくなるほどの過呼吸状態に陥る。

しかしたしかに練習を繰り返してあると、上がったままでも、それなりに力は発揮できる。準備がいい加減だと、立ち往生するほどの醜態をさらけ出す。

これはどういうことか、おそらく大脳の感情を司る部分の支配が切り離されるのだろう。では感情を司る部分はどこで、実際にタスクを実行する部分はどこなのか。それはなぜどのようにつながり、どのように切り離し可能となるのか。なぜそれが反復練習により可能となるのか。

これらの問題が沸き上がってくる。

多分、恐怖感とか羞恥心とかは割と低位の脳機能だろうと思う。それが適度に関与することで「やる気」が生まれるのだろう。この辺は発生学的にも理解していかなければならない。

そしてもう一つの、「やらなければならない。やるべきだ」という断固たる姿勢は上位の脳中枢から下ってくるのであろう。さらに「大したことじゃないんだよ」と感情中枢を抑えて、過剰反応を抑制するのも上位中枢の役目かもしれない。

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こういう上位中枢・タスク実行中枢・情動中枢のトリアード関係の中に、物事を実行するという行為が位置づけられていて、反復練習というのはたんなるタスク実行中枢の鍛錬ではなく、このトリアード関係の良好な形での確立を促すものと位置づけられなければならないだろう。

これら総体が「慣れ」として実現する。「場慣れ」することだ。

そしてこのように、自分を感情・動物的本性に縛り付けられた状態から解放していくことは、「学習」の本質的一部として、人間の発達の本質にも関わっている可能性がある。