ビキニ核実験 被爆年表を作ってみての感想

ビキニの水爆による被爆は「被曝」と書くべきではない。まさにそれは被爆そのものであった。

実体論的にそれは核爆弾の破裂による直接の被害であった。

もちろん殺意があったと言っているわけではない。「未必の故意」もなかったと信じたい。

兵器、とくに核兵器は「殺意」の塊であるが、そういう抽象論議にふけるつもりもない(そういう議論も大事だが)。

言いたいのは、「核実験は問題なく終わったが、その副産物としての死の灰が周辺の人々に被害を与えてしまった」というふうに問題を分けることはできないということである。

事実問題としてそうなのである。これはたんなる事故ではない。

それが発掘された調査によって明らかになった。第五福竜丸は偶発事件ではなかった。それはアメリカが隠しきれなかった露頭だったのだ。

ビキニで爆発した水爆は周囲数百キロに及んでその威力を発揮した。熱戦、爆風、そして放射能も含んで核爆弾の威力というものはあるのである。

周囲数百キロ以内にいた人々の中で第五福竜丸はとりわけ危険なゾーンにいたから高い発症率を示したに過ぎない。少なくとも結果論としては、米軍は水素爆弾により久保山さんを殺したことになる。

そしてそれからが悪い。第五福竜丸を切り離し、偶発的な事故のように見せかけつつ、その後さらに5発の水爆を爆発させたのである。

これはもう「未必の故意」もへったくれもない。悪意としか言いようがない話ではないか。